「ねえ、迅」
 なんですか、慎吾さん。オレ、今凄く眠いんです。そんでもって、最高に幸せなんです。
 こうやって、慎吾さんの存在とあったかさを素肌で感じて、とろとろとまどろむのって凄い幸せです。
 ついさっきまでと違う、穏やかな気持ちよさです。慎吾さんは眠くないですか?


三年目の浮気



「うん、オレも眠いよ。眠いから、半分うわごとだと思ってきいておいて。でも、忘れないで」
 わかりました・・・でも、眠いから目があまり開けていられません。一生懸命に開いても、閉じちゃうんすよ。「目は、閉じててていいよ。ただ、聴いといてくれれば。疲れてるのに・・・ごめんな」
 慎吾さんの手が、オレの髪を撫でた。うっとりするくらい気持ちい。慎吾さんは、最近優しすぎていけません・・ ・もっと厳しくしてください。って、いつか言おう。前みたいに、つらくあたってくれたって、オレはかまわないんですよ。慎吾さんにすごく優しくされたり、大切にされるのは・・・むかしから苦手なんすよ。苦手っていうか・・・どういう顔したらいいかわかんないから困るんすよ。知ってますよね。
「迅がさ・・・もし、女とやりたくなったら、オレのことは気にせずにやっていいから」
 ・・・オレ、寝ちゃったのかな?夢でもみてんのかな?
 なんか、ヘンだよな?
 今、慎吾さんはなんて言ったんだ?
「迅だって、男だから・・・女の身体に興味あるだろうし。だから、女とヤラナイでって言うつもりはないよ」
 待ってください・・・どういう意味ですか?
 どうして、慎吾さんはこうしてオレと膚を重ねてるのにそんなことを言うんですか?
「でも、ひとつだけお願いがあるんだ」
 わけが、わかりません。
 一瞬で、醒めて慎吾さんの顔を見れば・・・慎吾さんは笑っていた。
「オレ以外のヤツと抱き合っても、本当のことを言わないで・・・嘘を突き通して。オレだけを見てるって。ちゃん

と、オレを騙して。最後まで、永遠に騙して」
 笑っている・・・息がかかるほど側にいるのに、泣きそうな顔して、笑ってる。
「ひとつだけの、お願いだ。迅」
 ・・・じゃあ、逆はどうすればいいんすか?
 慎吾さんが、どこかで女を抱いたら・・・オレはどうすればいいんすか?慎吾さんも、同じように嘘をつくんですか?オレを騙してくれるんですか?
 優しい嘘で。
 きっと、慎吾さんがオレを騙すなんて簡単だ。慎吾さんが、その気ならオレは一生気がつかないかもしれない。それで、ずっと幸せでいられるかもしれない。
 慎吾さんは、それを望むって言うんですか?
「ふざけんな」
 オレがそう言ったら、慎吾さんは傷ついた顔をした。オレの髪を撫でていた手が止まって、少し震えた。
 慎吾さんを傷つけたことに、オレは傷ついた。
 でも、やめない。だって、オレだって傷ついたから。
「オレは、イヤです。騙すのも、騙されるのも・・・イヤです」
「迅・・・」
 慎吾さんが悲しそうな顔をしたから、オレも悲しくなった。寂しくて、悲しくて・・・だから、慎吾さんを抱きしめた。肉刺だらけの掌で、慎吾さんの顔をそっと撫でた。
「だから、言ってくださいよ。浮気すんなって。女とヤルなって。そしたら・・・オレだって慎吾さんにオレ以外を 見ないでくださって、言えるじゃないっすか」
 わ・・・。
 と思った瞬間に、激しく抱きすくめられて凄くびっくりした。ベットがぎしりと撓んだ音を立てる。
「迅、迅・・・」
 馬鹿だなぁ、慎吾さん・・・泣き笑いの顔になってるっすよ。そんな顔することないのに。それに、オレが女に相手にされるわけないじゃないっすか。誰も、相手にしないっすよ。慎吾さんだけっすよ。
 でも、そんな情けない顔ですらかっこいいでやんの。すげぇ、困った人だよ。
 慎吾さんは、素敵で優しい人だ。ずるくて、賢くて・・・優しいんだ。
 でも、慎吾さん。オレはさ・・・優しい嘘なんていらないんすよ、ホント。
 汚くても、辛くても、痛くても。
 いつでも、慎吾さんの真実が欲しいです。
「じん・・・ありがとう」
 慎吾さんが、オレの胸に顔を埋める。
 あたたかな雫とやわらかな吐息とがオレの胸を少しだけ濡らした。


END
 

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