「なー、青木・・・なんでアイツはあんなに機嫌いいんだ?」
 きもい・・・とまんべんの笑みを浮かべて体育座りをしている準太を指差して、こそこそとオレに耳打ちしてきたのは、オレの隣で胡坐をかいているバスケ部のレギュラーでフォワードというポジションの藍原だった。

エースのポジション、4番のポジション

「さぁ・・・」
 オレもよく理由はわからない。でも、いつもは無表情でぼーっとしていることが多い準太がただのクラスメイトでしかない人間にさえ『機嫌がいい(きもちわる)』といわれてしまうほどに舞い上がっている。
「なんか、高瀬・・・まるで自分の足ごと身体を抱きしめるかのように体育座りをしてるんだけど・・・なんで?」
「なんでだろうな・・・」
「オレは高瀬があんなにまにまにやにやしてるとこ、はじめて見た」
「ああ・・・」
「アレ見たら、女どもはなんていうかな・・・」
「ああ・・・」
 オレも、準太があそこまで露骨に一人で脂下がっているのを見たのは初めてだった。こころなしか、いつもより頭のてっぺんにある髪の毛(利央は『アホ毛』と呼んでいたが、オレには意味がよくわからない。何故、アホ毛などと言う名前なのだろうか・・・?)も勢いよく立ち上がっているように見える。
「おい、そこ、うるさいぞ!」
 オレたちの前で、出席を取っていた体育教師の強面ががなりたてた。
 オレは軽く頭を下げたが、となりのバスケ部のエースは肩を竦めて耳を塞いていた。
 それは、折りしも5時間目の体育の授業中の出来事だった。
 今日は外が雨のせいで体育館でバレーボールをすることになっていた。 
 準太は昼休みに、飯を食いながら体育着がどうのこうのと言って騒いでいた。飯を食っている間はオレも、ろくろく真剣に準太の話を聞いてやらなかったので、食後あらためて体育着がどうしたのだと聞こうとしたら、すでに教室に準太の姿は見あたらなかった。
 準太は休み時間が終わろうとしているのにもかかわらず教室に戻ってこなかった。少し心配したのだが、いつ戻るかわからない準太を待っていて授業に遅刻したら馬鹿馬鹿しいので、オレは休み時間が終わる十分前に教室から出た。
 そして、準太はというと授業開始ギリギリ(即ち、教師が体育館へくる寸前)で体育館に来た。遅刻は免れたが・・・その時から、既におかしかったのだ。
「なぁ、青木・・・」
「なんだ?」
 オレが試合の線審をしていると、今度はサッカー部のミッドフィルダーの高野が近づいてきた。
「高瀬、見た?」
「見たって・・・なにを?」
 高野がコートの中の準太を見る。オレも、それに倣った。
 準太は上げられたトスにタイミングを合わせて大きくジャンプし、見事なスパイクを打っていた。相手のチームの後衛がレシーブしようとしたが間に合わずに、ボールは体育館の床に大きくバウンドした。
 ホイッスルが鳴り、準太がした得点がスコアに追加された。準太はチームのアタッカーとしてこの試合既に10点を挙げている。
「アイツ・・・真面目でおかしい」
 真面目でおかしいとは、なんともな言われ方だ。
 でも、これでオレにこのテのことを言ってきたのは本日二人目で、流石に溜息をついた。何故、みんなオレのところへくるんだ?
「他のヤツらも言ってた。高瀬がすっげーにこにこしてるって。いや、にこにこっつーかニヤニヤっつーか・・・。体育なんか、いつもかったるそうにやってんのにさ」
「ああ・・・」
 常日頃から、準太は体育など適当に手を抜いていることが多い。しかし、怪我でもしたら面白くないといいつつ、自分の好きな競技には熱くなるのが準太が準太たる所以であろう。
 因みに、バレーボールは大して好きではないようである。バレーボールの時はたいてい後衛でぼーっとしていることが多い。
「それに、今日高瀬は鼻歌歌いながらネットの準備までしてたんだぜ?」
 おかしいよな、おかしいよ・・・と高野は怪訝そうに大活躍する準太を見ていた。
「・・・」
 準太はいつも、授業の準備や片付けを率先してやるタイプじゃない。
「高瀬、ヘンだよな・・・」
 高野が首を捻っていると、試合が終了となった。
 勿論準太のチームの勝利で幕を閉じていた。因みに、点差が12点というのだから、大勝利と言ってもいいだろう。
 今度はオレの振り分けられたチームが、準太たちに負けたチームと対戦することになったので、オレは線審を高野に譲ってコートに向った。
 逆にコートから上がる準太が、わざわざオレに「がんばれよ」と声をかけてきた。爽やかな笑顔つきで。
 オレは上機嫌の準太に、
『お前、なにかいいことでもあったのか?』
 と聞こうしたが・・・やめた。すれ違いざまの一秒間で、全てを理解してしたからだ。オレがしようとしていた質問なんて愚問だ。
 準太は妙に、だぼついた体育着を着ていた。こんなサイズの合わないものを着ているいるなんて、着るものに気を遣う準太らしくないと思った。だが、胸のネーム部分には・・・『河合』と書かれていたので・・・そういうことなのだろう。
 藍原、高野、これが理由らしいぞ・・・。
 心の中で2人にそう声をかけたが・・・実際に声を出して言うことなど何一つありはしない。
 オレは、ただ黙って深く俯き自分のポジションにつくだけだった。 

END

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