マスク越しに、交わす視線は一点の曇りもなく、まるで無垢な子供のよう。
オレの要求(サイン)に首を縦にひとつだけ動かす。
 ミットを構えれば、アイツはすぐにセットポジションに入る。 
大きな亜麻色の瞳が、オレのミットの真ん中だけを見ている。
 振りかぶらずに、左の足が地面から真っ直ぐにすっと持ち上げられる。片足立ちのその姿が、とても綺麗だった。
 左肩がぐっと前に突き出され、ボールを握った右手が思い切り後方へ引かれた。
次の瞬間には、しぼった体のバネをいっぱいに使って、白球が投げられる。
インハイにまっすぐ入ってきた回転数の少なトレートが、不思議な軌道を描きながら寸分違わずミットに収まる。まるで、針の穴を通すようなピッチングだ。
「ナイピ」
 声をかければ、三橋は顔を真っ赤にして笑う。変な顔だけど、すげぇ嬉しそうな表情すっから、オレもアイツの前に座るのが楽しくなる。
 欲しくて仕方なかったものを、三橋はオレにくれた。
 オレはホームベースを守りながら、今までにない、満たされた気持ちになった。それは、紛れもない真実だ。


AFTER GLOW −preview−


 真実、だけども・・・。
 オレは立ち上がりマスクを捕った。グラブをとって心地好い衝撃の残る、左手を見る。掌を結んで、それから開いてみるけど・・・何も変りはしなかった。
 顔を上げれば、オレの作ったマウンドにはオレをじっと見つめる三橋廉がいる。
 そうだ、アイツがオレのエースだ。
 悪い、と謝ってからマスクを被りオレはもう一度座りなおした。ミットを構え、サインをおくると、マスクから見える三橋がこくりと頷いた。
 いつもどおりの、仕草。
 それなのに。
 マウンドを見るオレの中に生じる、この気持ちは何なのだろう・・・。


* * * * * * * * * *



 誰がこんなにコイツのことを好きになるなんて思っただろう?
 つい、昨日一昨日まではこんなヤツ絶対好きにならない。投手なんて、最低最悪の生き物だって信じて疑わなかった。
 でも、今オレは三橋廉のことが好きだ。多分、好きだ。少なくとも、キライじゃない。
 三橋のために、オレができることは全部してやりてぇ。
そう真剣に考えるくらいには好きだ。 
 三橋も、オレのことを好きだと言っていた。
面と言われた時にはちょっとひいたけど、投手に気持ちを返してもらえるってのはやっぱ嬉しいもんだ。
 ありがとう、とも言われた。
 ただ、オレがその時に三橋にしていたことは下心があることばかりだったから、その言葉を素直に受け取れなかった。三橋は親切にしてもらったって喜んでいたけど、それはそんないいもんじゃなくって・・・結局、オレは自分のためにやったことだったんだ。
 それなのに、三橋は、それでも、よかたったんだって言った。どんな形であれ、オレが三橋を必要としたってことだけでも嬉しかったんだって。
 そんなので喜ぶなよ。それじゃ、あんまりじゃねぇか。初めてそれを聞いた時、オレは切なくなっちまった。
 三星戦以前にオレがお前にしてたことは、違うんだよ。それは、“本物”じゃねぇんだよ。
だから、尚更思った。
 これからの三年間、三橋に尽くせるだけ尽くしたいって。もっと、もっといい思いさせてやろうって。
 そう心密かに思っていたから、部活が始まって、アップをする前に、シガポがなんかやるって言い出した時も、さりげなく三橋の隣を陣とった。
 何をするかわからなかったけど、できるだけ三橋と組んで、コミュニケーションをとったほうがいいと思ったからだ。ランパスやストレッチなんかもなるべく一緒にするように意識してやってる。
 でも、リラックスした状態を作り出すための瞑想をするから、隣の人間と手を繋いで目を閉じろと言われた時は流石には思わず苦い顔をしちまった。でも、今更場所を変えてくれなんて三橋の手前言えねぇわけで、仕方ないからそのままやった。
繋がった手は、三橋の右手とオレの左手だった。たったこれだけのことをするだけでもオレの中ではかなり大きな葛藤があった。
 ホントは、投手の手はあんまり触りたくねぇんだ。
 三橋とは、何度か手を繋いだことがあったけど、その時のオレの気持ちってのは、いっつも冷静じゃなかった。みっともねぇ話だけど、半泣きみてぇな状態のことばっかで、普通じゃなかった。だから、手を繋ぐことに意識を集中させることは無かったんだよ。それが、良かった。
 でも、いざこうして落ち着いた気持ちの時に、投手の手を握るっていう行動を起こすにはちょっとした努力が必要だった。
 だから、オレが三橋の手を取る時、ぎこちない動きになってしまった上に、一瞬触れるのを躊躇ってしまったのは仕方ねぇことなんだ。
 そういうわけでいざ、手を取ってみたら・・・三橋の手は冷たかった。
 でも、右隣の巣山の手はオレより少しあったかかったから、きっとオレもシガポの言うところのリラックスって状態になってなかったんだろう。っていうか、瞑想中にこんなことをグタグタ考えている時点でダメだろ、オレ。
「はい、おわりー!」
 シガポが手を打って、終了の合図を示す。この体感瞑想ってのは5分間でいいらしい。他の連中は短いって言ってたけど・・・オレにとってこの5分はとても長く感じられた。
 三橋の手は最後まで冷たいままだった。リラックスしなかったんだ。
 さっきまで繋いでいた左の掌を見た。
 三星の試合で握った三橋の手はあったかかった。あの時、確かに二人の間に通じ合うもんがあったとオレは思ったんだけどな。
 うっかり落ち込みそうになってたけど、ぎゅっと拳をにぎる。
 ま、相手は“投手”だからな。そう簡単にいくとは思ってないさ。
 まだ、オレと三橋ははじまったばっかなんだ。
 焦らず、じっくりやっていけばいい・・・。


AFTER GLOW -preview2-

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