部室のドアを開けて、一番最初にオレの目に飛び込んできたのは、瑞々しい黄色と赤が絶妙に交じりあったまあるい小さな果実。
 緑の茎を摘み上げられて、ぶら下がったその果実は軽く開かれた唇に挟まれて、間もなく白い歯に噛み潰された。
 柔らかな黄色味の強いぷるりとした果肉が、ほんの一瞬だけ見えたけど直ぐに唇が完全に閉じられてしまって見えなくなった。
 部室の備え付けの机の上に置いてある、小さめのタッパーに入っていたのは桜桃だった。
 その小さな茎のついた果実が、また摘み上げられて食べられていく。
 オレは小さなタッパーの中身が空になるまでその光景をじっと見つめていた。


CHERRY CHERRY STROWBERRY



 別に、他意なんてなかったんだ。部室のドアを開けたら、慎吾さんがいて、何かを食ってた。なんでかわからないけど、扉をちょっと開けて部室の中を覗きこんでるオレに気づいてなかった。気配に敏感な慎吾さんにしては珍しいことだ。オレはなんとなく、声をかけなかった。黙って、その様子を見ていた。そのうち、慎吾さんが食ってるのがさくらんぼだってわかったんだ。
声をかけなかったことに意味なんて、ねぇんだって。ホントに。
 まぁ、強いて言うなら・・・慎吾さんの口元に目が釘付けになっちゃったんだ。普通なら今が5時間目の真っ最中なのになんでこんなところに慎吾さんがいるんだろ?とか、こんなに側にいる人間に気がつかなくなるくらい慎吾さんってさくらんぼ好きなのかな?とかいろいろ思うところはあったんだけど・・・そんなことが後回しになるくらい、その姿に見入ってた。
 慎吾さんも慎吾さんで、いつもだったら背後に忍び寄った奴がいたって敏感に気配を察知するのに、今に至ってはまったく、これっぽっちも気がつかない。
しばらくすると、緑と黄色のストライプの柄をしたランチョンマットの上にあったタッパーの中味が空になった。
最後の一粒を食べ終わった慎吾さんに声をかけようと思っんだけど・・・駄目だった。口は開けたんだよ、『慎吾さん』って声をかけようと思って。
けど、結局はバカみたいに口をぽかんと開けたまま止まってしまった。
だって・・・茎を、口の中に入れたんだよ。
あんなもん、食べられんのか?それとも茎まで残さず戴いちまうくらいに慎吾さんはさくらんぼ好きなのか?いや、もしかしてあれって美味いんだろうか?でも茎だし・・・。
オレが一人で悶々としていると慎吾さんは茎を含んだ口を少しだけ動かすとすぐに舌先をちろりと出し、その上にあるものを指で摘み取って、ランチョンマットの上に広げたティッシュに置いた。
なんだ、茎は出したじゃん。食ったんじゃなかったんだ。そうだよな、普通食わないよな、あんなの。
オレはほっとして気が抜けたけど、じゃあなんで茎を口に入れたんだ?って疑問が沸いてティッシュの上に置かれた茎をよく見たら理由がわかった。
この人、口の中でさくらんぼの茎を結んでたんだ。
うわー、いろいろな意味で器用な人だとは思ってたけど、こんなことまでできるんだなぁ。
慎吾さんは残りのさくらんぼの茎も口に次々と放り込み、結んでは摘まみ出し、結んでは摘み出しを無表情のまま繰り返していた。
その速さたるや・・・びっくりするほどのもんだった。
結ばれた茎は、ティッシュの上にどんどん積み上げられてあっというまに小さな緑の塚になった。
昔、うちの兄ちゃんと姉ちゃんが『どっちが早くさくらんぼの茎を口の中で結べるか競争』っつー馬鹿なことをしてたんだけど、一個結ぶのにけっこうな時間がかかって、しかも二人とも口をもごもごもごもごさせて相当な変顔になってた。オレがその顔を見て思わず笑ったら、二人に小突かれたんだよ。あー、なんか理不尽な思い出までよみがえったよ。
オレがくだらない過去を思い出している間に、慎吾さんは最後の一つを結び終えてぺろりと舌を出した。
相変わらず、何の感情も浮かばない顔だった。目だけが軽く伏せられていた。閉じたんじゃなくって、舌先にある茎を見ようとしてるような感じ。思わず、オレの視線も慎吾さんの舌へと向った。
しっとりとした柔らかそうな仄赤い舌先に、結ばれた小さな緑の茎。
妙に生々しくて、なんか見ちゃいけないものを見てしまったような変な感じになって、胸の奥がむずむずした。


PREVIEW END
*冬コミの新刊のプレビューです。
詳しいことに関してはinfoをご覧頂くかメールでお問合せ下さいませ。
ここまでお読みいただき有難うございました!

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