「和さん・・・キスだけ、させてください」
「準太・・・」
 嫌だとは、言わない。
 ただ和さんは困った顔をするだけだ。

「 まるでデッドエンド 」


  「準太・・・練習、はじまるぞ」
 オレにこうやってキスをせまれるとわかっているんなら、こんなところにこなけりゃいいのに。
 日曜日の午後練開始5分前の部室になんか、一人で来ないで下さいよ。オレが、ここにいるって知ってたんでしょ?
 誰かに、準太を呼びに行ってくれって頼めばいいじゃないっすか?なんで、和さんが、一人で来るんすか?
「だから、キスだけ」
 強請りながらオレよりもずっと大きなその体をロッカーに追い詰める。でも、その体には触れない。触れられない。
 結局、オレは怖いのかも知れない。気持ちに逆らわずに迫るけど、それ以上は何もできやしない。
 和さんがロッカー沿いゆっくりと後退する。オレは、それを追う。
 オレたちは、薄暗く湿気た広いとはいえない部室の中で、不毛な鬼ごっこをする。
 和さんのじりじりと退がる、その足が止まった。いくら部員が多いからといったって、永遠にロッカーが続くわけはない。並べられたロッカーの数はたかが知れている。すぐに行き止まり。和さんの体は、壁に行き当たってしまって逃げ場を失った。
 それと同時に、オレも退路を失った。
 本当にしたいなら、ポーズだけじゃなくてしなくちゃならない。和さんを、逃げられないところまで追い詰めて・・・あとは、オレがするかしないか。
 したい。たまらなく、したい。
 和さんの唇にキスをしたい。いつも、穏やかに微笑むあの唇を思う存分吸ったその後で・・・オレの前に座ってリードしてくれるあの顔がどんなふうになっているのかを確かめたい。
 和さんの肩が、大きくクラックの入った壁にぶつかった。
 オレは、指一本その体に触れないまま・・・顔だけを伸び上がるようにして和さんに近づけた。
 これ以上近くなったらお互いにお互いの像を瞳が結べないだろう。今が、和さんを見ていられるギリギリの距離。
 多分、ここまでが・・・この距離までがオレたちが『バッテリー』でいることを許す範囲。
 これ以上近づいたらば・・・純粋に『バッテリー』ではいられなくなってしまう。
 オレは和さんの暖かい色をした眼を見た。
 和さんの瞳には、オレが映っていた。まるで、イソップ童話の狐みたいな、もの欲しそうな顔をしたオレが・・・。
 でも、その二つの瞳には、困ったような、それでいて全てを許してしまっているよう・・・そんな情(いろ)が滲んでいて、オレは惑った。
 追い詰められてしまった・・・オレも、和さんも。
 嗚呼、まるでデッドエンドのようだ。


END

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