ポケットの中に手を突っ込んで携帯を引っ張り出した。
 気ははやるけど、いざ液晶を見ようとすると凄く緊張した。
 でも、ぐずぐずしていて切れてしまったらイヤだ。
 オレは二つ折りの携帯をぱかっと開いて、そこにある名前を見て少しだけがっかりした。でも、それ以上にびっくりして急いで通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「すんません!出るの遅くって!」
 携帯を耳に押し付けたままオレは頭を下げた。ここで、こんな今年たって相手に見えるわけじゃないんだけどさ。
「いや、いいよ。こっちこそ急にすまん。今、大丈夫か?」
「はい、大丈夫っす」
「そうか。迅・・・しばらくぶりだな。元気にしてたか?」
 優しくて、あったかい口調に、思わずじわり目頭が潤んだ。


Fanfare 2


「はい。ありがとうございます、和さん」
 和さんの声は、凄くあったかい。どれだけ、この頼もしさと懐の広さに守られて支えられていたか、二年生になった今この時初めてわかった。
「今、部活の帰りか?」
「っす」
「そうか。メールの方がいいかとも思ったんだけど、迅、誕生日おめでとう」
「和さん・・・!ありがとうございますっ!」
 なんだか、オレの声がちょっと鼻声になっていて、うるうるきてんのがバレたらいやだなぁ思った。
「やっと迅達の代になったなぁ。新人戦に出るのは、迅は二回目だろうけどどうだ?」
「去年とは全然違うっすよ・・・去年は楽だったなぁって思います。先輩がいてくれただけで、やっぱり安心感が違う。でも、頑張ります。これかですから。一人でやるんじゃなくって、みんなでやるわけですから。チームメイトを信じて、自分を信じて、そんで各々が自分の仕事をきっちりこなすっていう、桐青の伝統を受け継ぐチームになるよう頑張ります」
 不安だけど、志だけは高く持っていきたい。できるかどうかを考えて無理って思っちゃうこともあるけど、やるのはオレ一人じゃないんだ。みんなでやるんだ。
 去年オレは、桐青でそれを教えてもらった。
「迅・・・本当に、成長したなぁ。誕生日に、迅の口からそういう言葉を聞けるなんてなぁ」
 和さんは本当に嬉しそうにそう言った。
 褒められると、恐縮してしちまう。しかも、和さんだから尚更だ。
「やっ!そんな・・・」
 オレがもじもじしていると、和さん笑い声が電話のスピーカーから聞こえてきた。
「迅、かわいいなぁー」
「そんなこといわれた事ないっすよ!からわわねぇでください!」
 オレを可愛いなんて言った人、親を除けば和さんが二人目だよ・・・。
「いやいや・・・迅が可愛いって、慎吾も言ってたぜ?」
「え・・・?」
「去年の話だけどな。慎吾がこんなことを言うのは珍しいなぁって思ったんだけど、よくわかった」
「・・・そんなの、からかわれただけっすよ」
 電話を握る手にギュッと力入ってしまう。
「いや、そんなことないぞ。慎吾はああ見えてお世辞は言わんからな」
「そうっすけど・・・」
「去年、迅の誕生日に祝いに二人でナイター見に行ったんだろ?」
「はい・・・」
「そん時の慎吾がさ、オレは忘れられないんだよ」
「え・・・?」
「慎吾、すげぇ嬉しそうだったから。迅はスゲェなってあの時思ったよ」
 慎吾さん嬉しそうだったというのは、オレも嬉しいけど・・・なんでオレが凄いんだ?
「和さん・・・意味がよくわかんないんすけど」
「わかんねーか?」
「はい・・・」
「そっか」
「和さん・・・!」
 オレは焦れたような声で和さんを呼んだ。こんな風な態度を和さんにとったのは初めてだった。自分でも驚いた。けど、謝らなかった。その余裕もなかった。
「慎吾はさ、器用なヤツだろ?空気を読んで周囲にあわせるのが凄くうまくって、それなりにその場を楽しんでるけど・・・あの時見せた笑顔ほど生き生きしてた顔はなかったよ。オレが知ってる限り、ここ三年間で一番のいい笑顔だったよ」
 オレは、思わず胸を押さえた。
 知らなかった・・・慎吾さんがオレと一緒にナイターに行くことを嬉しいって思ってくれるなんて。オレはバカだ。浮かれてばかりいないで、そういう慎吾さんの気持ちをちゃんと心に焼き付けとけばよかった。
「和さん・・・オレ、オレ・・・」
 和さんは、どこまでオレたちのことを知ってますか?
 慎吾さんと、連絡がとれなくなってもう何ヶ月も経つんです。避けられてるんすよ、オレ。
 そう言おうと思ったけど、声が出なかった。でも、和さんには全て通じていた。 
「大丈夫だよ、迅。慎吾にあんな顔をさせるっていうのは・・・慎吾を真剣(マジ)にさせるってスゴイことなんだぜ?一時、楽しかったからって慎吾をあんな風にはできないよ。だから、迅・・・頑張れよ」



 ただ、オレは今も去年も慎吾さんのことが好きだった。
 でも、一年前の今日のオレと今のオレは全く違っていた。
 16歳の誕生日のオレは、嬉しくて幸せで楽しくて。
 17歳の誕生日のオレは、悲しくて、しんどくて、やるせなくて。
 多分・・・オレは生まれて初めての恋をしている。
 慎吾さんに、恋をしている。
 だから十七歳の誕生日に届いた和さんからのエールは最高の誕生日プレゼントだった。
「和さん・・・ありがとうございます」


END