青ブチメガネがトレードマークの先輩が、慎吾さんを見た途端、「ひっ!」って小さな悲鳴を上げた。


島崎慎吾という男3


 ロッカーで着替えをしている時のことだった。
 なんだよ、失礼じゃんか。慎吾さんのこと見て、悲鳴上げるなんて。ん?でも、見ている場所って慎吾さん自身というよりも、慎吾さんの背中あたり・・・?なんだよ、慎吾さんの背中になんか変なもんでもついてるって言うのかよ?
 オレはよく目を凝らしてみてみたけど、何もついていなかった。
 なんだよ、何にもついてねぇじゃんかんか。
 もう、先輩は慎吾さんを見ていなかったけど、青い顔をして俯いていた。
 どうしたんすか?気分でも悪いんすかって声をかけたら、ちらっとオレの顔を見て一瞬困ったような顔をした。
 そして、先輩はちょいちょいと手招きをしたから側によると、小声で言われた。
「オレ、見えるんだよね」
「は?何が見えるんすか?」
「他言しないでよ、ホントは秘密なんだから」
「はぁ・・・言うなっつーなら、言いませんけど」
「迅は口が堅そうだからな。ホント、ナイショだぞ。実はオレ・・・見えるんだよ、幽霊」
「はぁ・・・幽霊っすか?」
「信じてないな、その顔は!いるんだよ、そこに・・・」
 ちらっと後ろを振り返ると、先輩は「うわっ!」って声を立てそうになる自分の口を慌てて押さえた。そして、ばっとこっちを向いて間近に迫ってきた。
 なんなんだよ!
 って思ったら手まで握られちゃってさ・・・どうしたんだよ、この人!
「じ、迅っ!白いパラソルの女の人知ってるかっ?」
「は?急になに言い出すんすか?知りませんよ、そんな人」
「こう、黒くて真っ直ぐな長い髪が腰まである美人だよ・・・知らないか?」
「知らねっすよ!」
「慎吾さんの側にいた人なんだけど・・・こっちに寄って来ようとした。お前に話しかけたそうだったんだよ。だから、オレはビビッたの。悪意がなさそうなのは、滅多にこっちに近寄ってきたりしないんだけどなぁ」
 オレの方こそびっくりした。先輩は嘘をついているようには見えないし、冗談を言っているようにも見えない。もし先輩の幽霊云々が本当だったとしても、幽霊でもオレにいるわけないだろ・・・そんな美人の知り合いなんて。
「へぇ・・・歳はいくつくらい?」
『うわぁあ!』
 ぬぅっとヤマさんがオレらの間に顔を突っ込んできた。ビビッてオレは先輩と手と手を握り合って飛び上がった。先輩なんか、メガネが鼻からずり落ちたくらいビビッてた。
「失礼だなぁ。人を幽霊みたいに!」
 ヤマさんがちょっと拗ねた顔をした。まぁ、ポーズをしただけで、全然拗ねちゃいないんだけどさ。
「いくつくらいって、オレらはみんな15歳から18歳ですけど」
 ってオレが言うと、ヤマさんは「ち〜が〜う〜!」って言って首を振った。
「さっきの、白いパラソルの美人さんのこと」
 ああ、ヤマさん・・・話を聞いてたのか。
「そうっすね・・・オレらより年上だったと思います。二十歳過ぎくらいかな・・・」
 先輩が青ブチメガネを鼻の上に押し上げながら、ちょっと考えるそぶりをして言った。
「もしかして、落ち着いた感じの女性(ひと)で、シンプルな白いワンピースなんか着ちゃってたりする?」
「き、着ちゃってたりします・・・」
 やっぱりね、とヤマさんが言うと、先輩は驚いた顔をして『ヤマさんも見えるんすか?』って聞いた。どうやら、白いワンピースを着ちゃっている幽霊らしい。
「そう・・・だったら、心配ないよ」
 なんで、ヤマさんはそんな風に断言できるんすか?
 なんにしろ、見えてないオレは事情がわかんないからじっと事の成り行きを見守った。
「知ってる女性?」 「さぁ、知ってるかもしれないし、知らないかもしれない」 「知ってるんでしょ?」 「さぁ?」 「あの女性、迅に何か言いいたいことがあったんすかね?」
 あの〜先輩、それはないと思いますけど。オレは本当にそんな美人に心当たりがないっすから。
「うーん、もしかして、何か迅に伝えたいことがあんのかもね」
 聞き捨てならない言葉で、オレはドキッとした。
「やっぱ、見えるてる!?同類!?」
 青メガネの先輩は身を乗り出した。スゲェ、興奮してる。
「見えないよ〜」
 けど、その勢いを容赦なくヤマさん砕いた。
「そんでもって、迅にメッセージがるかもっていうのも適当に言ってみただけ〜」
「ヤマさん・・・」
 オレと先輩はどっと気が抜けてしまった。
「けど、あながち間違ってないと思うんだよね」
 ヤマさんがまた思わせぶりなことを言った。なんなんだよ、もう・・・。
「適当言うなよ。慎吾がその人に悪さされたらどうすんだ?悪気がなくっても・・・そういう風になるコトだってるんだから。あの霊が、慎吾の側にいたの・・・多分二回目だよ。前にもちらっと見たことあるよな気がする。だから、やばいかなって思って・・・」
 先輩がちょっと心配そうに、利央と喋って笑っている慎吾さんを見た。
 慎吾さん・・・大丈夫なのかな?
 オレも急に心配になってきた。だって、それって・・・とり憑かれているかもってことだろ?
 不安なオレと先輩を見て、ヤマさんがそれは大丈夫だとやけにキッパリ言った。
 どうしてですかってオレが聞き返すと、ヤマさんはオレをしばらくじっと見て・・・それからこう言った。
「きっと、彼女は慎吾の守護り手だから」 
「それって・・・」
 どうゆうことですかってオレが聞こうとしたら、ヤマさんがそれを遮るように。
「迅に彼女の声が聞こえたらいいのにね」
 って言った。
 どういう意味かわからなかったけど、もうヤマさんはこの話題に興味がなくなったのかすっと側を離れていっちまったんだ。
 先輩はオレが幽霊見えるってことはナイショだからなと念を押すと、黙って着替え始めた。
 オレは、慎吾さんを見た。
 慎吾さんはまだ利央と話をしていた。
 笑う慎吾さんの隣に・・・ふわりと揺れる白いワンピースの裾の幻を視たような気がした。
 
END

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