9月20日。
それは、オレにとって特別な日だ。
9月19日がオレの誕生日で、9月21日が慎吾さんの誕生日。
オレと慎吾さんの誕生日は20日にお祝いしようか、なんて部の皆が言ってくれて、20日に祝ってもらうコトになった。
誰が言い出したのかわからないけど、20日に慎吾さんとオレの誕生日を一緒に祝おうって言い出したヤツにお礼を言いたい。
慎吾さんと、一緒にしてもらえてオレは凄く嬉しかった。
その話題が出た時に慎吾さんは、「それ、いいね」って言ってオレの方を見て、「迅は、20日に俺と一緒に祝ってもらうんじゃイヤ?」って聞いてきた。イヤなわけないじゃないですか!って思ったんだけど、あまりに急なことだったから、心の準備が出来てなくって首を横に振るのが精一杯だった。
オレは、慎吾さんが大好きだった。いつからこんなに慎吾さんを好きになったんだろう。


「 ハッピーバースディ 」



実は、最初に会ったときオレは慎吾さんが凄く苦手だった。
オレが一番初めに、桐青の練習に参加させてもらったのは中学の卒業式を終えた次の日で、推薦で桐青行きが決まっていたオレは頼み込んで早々に高校生の練習に混ぜてもらっていた。勿論球拾い兼雑用係として。マネージャーと一緒に部室から球を運び出そうとしていた時に、その人はやって来たんだ。
オレとマネージャーは荷物で両手が塞がっていたから、出る時の為にあらかじめ入口を開けたままにしてあった。そこから派手な感じの男と妙にスカート丈が短い女が一緒に歩いてくるのが見えた。堂々と女を連れていたからオレは「どこの部の人だろう?」って思ってた。だから、部室の前で女と別れて男の方が中に入ってきた時にはすごくびっくりした。一瞬、なにかの間違えじゃないかって思った。
でも、マネージャーがすぐに挨拶をしたのでオレも「ちわっす!」って挨拶して頭を下げた。目上と思しき人に礼をするって運動部の反射だ、これ。
その人も挨拶してくれて「来年入学?がんばってな」って声を掛けてくれたのに馬鹿なオレは、頭を低くしつつもホンキで『なんで、こんな人が野球やってんだ?』なんて思ったんだよな、今思うと凄く失礼な話なんだけど。
でも、それも仕方ない。
だって、頭は金色に近い茶髪だし、ついさっきまで女を連れていたし・・・それに、普通にカッコ良かった。野球部の野暮ったさみたいなのが全然無くてオレはこんな球児見たことなかった。
でも、練習を見ていたらその人は凄い野球が巧くって。打ってよし、捕ってよし。おまけに走れるユーティリティプレイヤーで、部員からも好かれてるみたいだったから「お?」って思った。
バッティングに粘りがあって、選球眼も良くって・・・技巧派のくせにホームランも打てちゃう。それが、慎吾さんだった。
だからといって、すぐに慎吾さんを好きになったわけじゃなくって、逆にますます苦手になった。女にモテて、野球も巧いって、何!?みたいな。ひがみ根性みたいですごく嫌なんだけどオレ・・・カッコイイ人って苦手なんだ。自分の外見ににコンプレックスあるからかもしれないけど。
いつの頃からか、だんだん慎吾さんを見る目が変わったんだよなぁ。たった数ヶ月前の話なのに、オレはこんなにわかちゃった。今じゃ、こんなに慎吾さんが好きだ。
あー、今日は18日だ。20日が気になる!早くなって欲しいけど、来たら来てしまったできっと落ち着かないと思うしどうしたらいいのかわかんなくなりそう。
それに、オレは慎吾さんにプレゼントも用意してない。だって、何をあげていいのかさっぱりわかんない。慎吾さんに何かをプレゼントしたい気持ちがすごくあって、でも何をプレゼントしたらいいかわからないから他の先輩たちにあげたものを思い浮かべてみた。
ジュースとかアイスとかパンとか・・・うわぁ食べ物ばっか。なんか、慎吾さんにはこれじゃダメなような気がする。どうしてかわかんないけど、これじゃオレの気がすまない。なんか、もっといいものないかな?レザーケアクリームとかカラーストロングオイルとかどうかなって思ったけど、こういうものだと、好みあるしなぁ・・・。うーん。
なんて、考え込んでたらもう日付が変わる15分前。
「うわっ!寝なきゃ」
明日だって、朝練だ。あまりにも20日のことばっかり考えてたからついうっかりしてた。
って、いうか夕飯食った後に部屋でごろごろしながら考え事してたから、練習後にシャワー室で汗流しただけで風呂にも入ってない。さっさと風呂に入ろう。15分で出るぞ。
着替えと時計がわりに携帯をもって一階(した)に降りて、脱衣所に真っ直ぐに向かう。兄ちゃんも姉ちゃんも風呂を使ってなかったから、さっさと服を脱いだ。風呂に入る前に、携帯で時間を確認。23時48分。急いで上がろうって決めて携帯を洗面台の上に置いた。
シャワーを捻って髪と体を一通り洗う。あとはちょっとだけ湯船につかろう。やっぱり、お湯に入ると落ち着く。最近夜は随分と涼しくなってきたるから、暖かいのは気持ちがいいなぁ。ふぅっと溜息をつくと、脱衣所からヴヴヴヴヴって音が聞こえた。
「え?電話・・・こんな時間に?」
どうせ、間違えかなんかだろう。
そう思うと、面倒くさくなってほっとこうかとも思ったけど、随分長いこと鳴っているので仕方なくバスタブから立ち上がって足だけ湯につかった状態で腕を伸ばし、風呂場の入口の磨りガラスの戸を15cmほど空けた。そこから手を出して伸ばすと携帯を置いた洗面台に届く。風呂場も脱衣所も広くないからできる芸当だ。
手繰り寄せるようにして、携帯を取ると風呂場のガラス戸を閉めた。かぽっと二つ折りの携帯をあけて、ディスプレイを見るけど曇ってしまって良く見えない。いいや、とにかく出よう。
通話ボタンをむにっと押して、「はい・・・」って言ったら・・・。
「夜遅くにごめん、寝てた?」
って・・・し、し、慎吾さん!!
「ぜ、全然寝てないっすよ!・・・って!」
オレはあまりのことに足を滑らせて、ばしゃんと湯船の底に尻もちをついてしまった。うう・・・すっげ、情けない。慎吾さんと電話してる最中なのに・・・。
「どうしたの・・・?」
「あ、ちょっと・・・ぶつけちゃって・・・大丈夫です」
 尻を、とは言いにくい・・・。
「そう、ならいいけど。なんか、声が変に響くね・・・どこか、出かけてる?」
ちょっと怪訝な声で聞かれてしまって慌てて否定した。夜遊びなんか、してないっすよ!
「今、家です。家の風呂にいます!」
「えっ!?」
なんか、慎吾さん珍しく驚いてる。びっくりさせてしまって、逆に悪いことをしちゃった。それに、オレは間違え電話だとばっかり思ってたからすぐに出なかったし。・・・ちょっと、ばつが悪い。
・・・そうだよな。風呂から電話なんか普通しないよな。
「風呂入ってたんだ、悪い・・・電話、切るな」
「お、オレなら平気っすよ」
オレはとっさに電話を切りたくないって思っちゃったけどお互い朝は早いんだから寝た方がイイに決まっている。慎吾さんに迷惑掛けたくないし、わがまま言って呆れられたら嫌だ。
「切る前に、一言だけ言いたいことがあるんだけど」
真剣な声で言われて、オレは一瞬ビビッてしまった。オレ・・・何か悪いことをしただろうか?
「あの、何かあったんですか?」
ドキドキって心臓に悪い・・・。
「迅、9月19日・・・誕生日おめでとう」
慎吾さんの聞いたことが無いような優しい声が、電話から聞こえてきてオレは思わずふわってなった。
「19日だって思ったら、凄く迅に言いたくなってさ・・・」
「慎吾さん・・・」
幸せっていうのをオレは今実感している。舞い上がって、意識が飛んでっちゃいそう・・・。
はっきり言って、自分の誕生日のことなんか綺麗さっぱり忘れてた。って、いうか気にしてなかったんだ。もう、頭がすっかり20日のことばかり考えてて・・・だから、本当にびっくりした。嬉しい、驚きだ。
慎吾さんには、いつもこんな風に驚かさればかりなような気がする。
「迅・・・?」
って、慎吾さんが呼んでくれなかったらオレはぶくぶくと湯船に沈んでしまっていたかもしれない。携帯が着水するギリギリのところで危うく我に返った。
「す、すんません・・・凄い驚いたんで・・・沈みそうになりました」
って言ったら、なんだそれって笑い声が聞こえてきた。
「慎吾さん・・・どうもありがとうございます。今、すごく・・・嬉しいです」
月並みなことしか言えないのが、悔しいほど嬉しい。
「で、迅。プレゼントなんだけど・・・ライオンズ対ファイターズの所沢球場のナイターのチケットなんかどうだろう?」
「え!?」
あまりのことに頓狂な声が出てしまった。二階からうるさい!っていう姉ちゃんからの苦情が飛んでくる。でも、そんなのはかまっちゃいられない。
「今日は流石に無理だけど、今度の休みに一緒に見に行けたらいいなって思ったんだけど・・・ダメ?」
「え・・・だって、そんな・・・」
なんか・・・ここまでくると、夢見てるのか、オレ?って思ってしまう。だって、俺に嬉しいことばかりおきるんだ。
「都合悪い?誰かと約束してる?」
「いえ、してません!」
「じゃあ、決まりでいい?」
「はい!」
いいに決まってる・・・けど、ちょっと図々しいなじゃないか、オレ?
「で、でも・・・チケット代は払わせてください!」
ってお願いしたら、それじゃプレゼントになんないってまた笑われた。
「じゃ、じゃあ・・・オレにも慎吾さんの誕生日に何か贈り物させてください」
「気を使わなくていいよ」
「違うんです、そうじゃなくて・・・ずっと前からそうしたいって思ってて・・・あの、迷惑じゃなかったらオレからのプレゼント貰ってやってください・・・」
果たして、オレごときのプレゼントで慎吾さんが満足してくれるか不安だったけど・・・。
「オレは、迅のその気持ちだけでも嬉しいけど・・・それじゃ、プレゼントの交換ってことでいくか?」
って言ってくれた。慎吾さんは、やっぱり優しい。
オレは長湯のせいか、慎吾さんからのバースデーコールのせいか・・・のぼせてしまった。
オレはよろよろと壁に手をついて立ち上がり、バスタブの縁に腰をかけた。
ちゃぷん、と水の音がした。それが、慎吾さんには聞こえたみたいで「風呂、あがるの?」って聞かれた。
「ちょっと、あつくなっちゃったんでバスタブに腰掛けました。胸とか肩とかお湯からあがってるのに、足だけつかってます」
「・・・・・・」
なんか、沈黙されてしまった。
「そろそろ、切るよ」
って、言われたんで、今日は終わりかって思うとちょっとしゅんとしてしまう。あと数時間後には会うのに、この電話を切りたくない。
「もう、遅いし・・・迅が湯あたりしても困るし」
「そんなこと・・・」
「それに、オレもあてられそう」
「は?」
「水の音と、響く声が耳に艶めかしいからさ」
慎吾さんは、たまにこういう冗談を言うから、オレは困ってしまう。風呂入ってるのが女なら、慎吾さんの言うこともわかるけど・・・オレじゃ色っぽさの欠片もない。からかわれているんだろうけど・・・オレはこういうのにどうしても慣れなくて、いつも・・・挙動不審になってしまう。今も顔が見えなくて、よかった。きっと、オレは真っ赤になってる。あ、でも・・・お風呂に入ってるからって言い訳できるからいいかな。
オレが答えられないでいると、慎吾さんが笑った気配がした。
「おやすみ」
「・・・あの、慎吾さん」
「なに?」
「・・・これって、夢じゃないですよね?」
っていったら今度は声を立てて笑われた。
「じーんー、お前って面白くてかーいーな。夢は、これからみるんだろ?ちゃんと、風呂上がっらちゃんと髪を乾かして寝ろよ?」
夢じゃないんだって思うとまた嬉しくなった。
「じゃ、また明日な」 「はい!慎吾さん。ありがとうございました。おやすみなさい」
幸せな気分のまま電話を切ると、そのままぶくぶくと頭の先まで湯船に沈み携帯を握った手だけを万歳をして水面に突き出した。
たまらなくなって、お湯の中で「有難うございます、慎吾さんすきですー!」って叫んだけど、勿論音にはならないで、オレの口からボコボコボコって泡が出ただけだった。その泡ぶくは水面まで浮かび上がると9月19日のオレの家の風呂場の空気に混じって、消えていってしまった。
この声が、慎吾さんに届けばいいのにな、なんて思いながらオレの16歳がスタートしたのだった。


END

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