キョドキョドしていると、阿部君の持っていたモーモー牛乳の紙製のパッケージが少しひしゃげた。
う、あ・・・阿部君がイラァってしてる!
み る く 2
「てめぇ!キョドってねぇでさっさと飲めっ!待ってんだよ、こっちは!」
ま、待ってたのかか!?わかんなかったよ!
「うあ、ご、ごめんなさいっ!」
ガァって怒鳴られてオレは慌ててコップに口をつけて、思いっきり呷った。
そしたら・・・。
「ぶ、はぁ!!」
ぐぇふぉぉ!!ごぉほっ!!
勢いがよすぎて、気管に入っちゃった、よ。
い、痛ぁ!!鼻がじんってする!
「だ、大丈夫か!?」
阿部君がさっと立ち上がってベンチに置いてあったタオルをつかんでゲホゴホやってるオレのところに来てくれた。
うう・・・牛乳、盛大に吹いちゃったよ。しかも、まだ残ってた分も零しちゃった。顔に、かかっちゃったから、阿部君に見られたくないよ。汚いよ、オレの顔。
でも、咳き込んでしまって『へーき』って言えなかった。
は、鼻の奥からおでこが痛くなってる・・・咽喉から鼻に牛乳入っちゃったんだ。
「あーあ、阿部が急かすから、三橋吹いちゃったじゃん!」
水谷君が三橋かわいそー!って言ったら阿部君が「うっせーよ、クソ!」って怒った。水谷君、オレは全然、平気だ、よー。阿部君が悪いんじゃないんだ、よ。
ああ、咳が止まんないよ、涙まで出てきちゃった・・・。
「三橋、大丈夫か?」
声と一緒に、背中にあたたかい手の感触がした。
う、お・・・!阿部君が、オレの背中を摩ってくれてるの、か?
阿部君・・・優しい!
練習着の背中の布をちょっとだけ押し上げたり、引き下げたりしながら阿部君の掌が行き来する。
ふあ・・・なんか、くすぐったいけど・・・気持ちいい。
「悪かったな、驚かして」
って阿部君が中腰になってオレの顔を覗き込んできた。
オレは阿部君の掌の感触ばかりおっかけて、それに全然気がつかなくって、ひとりで気持ちよくなっていた。阿部君が、オレの背中を摩ってくれてるって思っただけでうっとりしちゃう。
けど・・・あれ??手が、止まっちゃった・・・。
そこで初めて、オレは自分が目を半分ぐらい瞑っていたってことに気がついた。ぱちっと目を開けると、目の前には、タオルが差し出せれていた。
タオルの端にプーマのマーク・・・って、ことはこれは阿部君の?
慌てて顔を上げると、思ったよりも近くに阿部君がいてちょっとびっくりした。
な、なんで、阿部君、オレの顔を診て固まってる、んだ?
オレ、またなんか変なことしたかな?オレの顔、驚くほど汚い?
あ、牛乳が垂れてきた。
オレは、口元から顎につーって滴る白い雫を手の甲でグイッと擦った。でも、まだ口の周りに濡れた感触がしたからそれを舌でぺろって舐めた。
うう、牛乳臭い・・・鼻の奥から牛乳臭いし、まだ痛い。
「ふ、け・・・」
阿部君?今、喋った?すっごい掠れちゃってる小さな声が聞こえたんだけど・・・な?
「??」
でも、オレの空耳かな?だって、阿部君呆然としたまんまだよ。
「ふけ・・・」
今度は阿部君の唇が、動いた。あ、さっきもやっぱり阿部君がなんか言ったんだ、ね。もうちょっと大きな声言ってくれないか、な。なんて言ってんのかわかんないよー。
首をかしげると、また顔にかかった牛乳がつーっと口の端っこから顎にかけて垂れた。
あぁ、まただ。気持ち悪いなって思った。その瞬間・・・すんごい勢いで怒鳴られた。
「拭けっ、拭けっ、拭けーーっ!!!」
うわっ!黒いチーターが襲い掛かってきた!って思ったらタオルが顔に目一杯押し付けられた。
「むぐぅ!!」
頭を抑えられて、顔が潰されるんじゃないかってくらい口元やほっぺたや顎をゴシゴシってやられた。
い、い、痛いよ、あべくん・・・!
痛いよって言おうとしたら・・・わ、口の中にタオルが!!
「んー!」
必死で声を上げながら阿部君を見上げた。目で「止めて」って訴える。
視線があうと、阿部君の手がピタリと止まったからほっとした。
口にタオルを突っ込まれたまんまだったけど。
けど・・・あの・・・阿部君、なんでそんなに顔を赤くするんですか?
「あ、あべくん・・・?」
口の中がタオルでもごもごして、巧く喋れないよ。
でもちゃんと聞こえたみたいで、阿部君がさっと手を引っ込めた。そんで、さらに顔を赤くした。
「ジロジロ見んじゃねぇよ・・・!」
って、言われて・・・すぅっと青褪めた。空になった赤いプラスチックのコップの底に、僅かに残っている白い牛乳がまるで、この世の中の終わりの象徴みたいに見えた。
見んなって言われた・・・オレ、昔もこんな風に言われたことがあった・・・三星で。
オレ、阿部君に・・・嫌われたのか?
「あー、もう!てめぇ、ちゃんと拭けよ!衿とか首が濡れてんだろ」
阿部君が投げたタオルを反射的に受け取ると、真っ白になった頭で、それでも言われたとおりに牛乳で濡れたところを拭いた。
どうしよう、阿部君に嫌われたら、オレ・・・。
「ほら、それ貸せ」
この世の終わりのモーモー牛乳の雫が1滴、2滴くらい入ったオレの赤いコップを、阿部君がオレの手からひったくった。
阿部君・・・阿部君・・・。
阿部君に嫌われたら、呼吸(いき)の仕方すら、わからなくなる。
「三橋」
呼ばれて、のろのろと顔を上げると阿部君が「ほらよ!」って、オレの赤いコップをこちらに突き出していた。
オレは、震える手を伸ばしてそれを受け取った。
中には、なみなみと真っ白いモーモー牛乳で満たされてた。
もしかして、阿部君と半分コなの、か?水谷君と栄口君を見て羨ましいなぁって思ってたばっかで、こんな・・・。しかも、阿部君とだなんて・・・う、嬉しい!
オレ・・・もしかして、嫌われてない?
ばっと顔を上げると、阿部君がまだちょっと赤い顔をしてぶっきらぼうに言った。
「しっかり飲めよ!今度はこぼすな!」
あ、オレ・・・嫌われてない、かも!
「う、うん!」
オレが頷くと阿部君が「うし!」って頷いて自分のコップにもモーモー牛乳を注いだ。でも、残りが少なかったみたいで阿部君の青いカップの半分もなかったみたい。
阿部君が頷いてくれたことにオレは嬉しくて、ほっとして・・・今度はゆっくりコップに口をつけた。
牛乳、美味しい・・・!
その牛乳の味は、びっくりするほど美味しかった。
さっきは、水谷君にあげても良いって思ったけど・・・やっぱり、わけなくてよかったかも。ごめんね、水谷君。でも、一杯目に飲んだのと同じ牛乳なのかな?最初のより美味しいんだ、コレよ。しのーかさん、違う牛乳持ってきたのかな?
阿部君は、そう思わないのかな?
聞こうかどうしようか迷っていたら、阿部君はぐーっと一気に飲みをした。あっという間になくなって、物足りないのか空になったコップを口の上でさかさまにした。
やっぱ、阿部君もさっきのより美味しく感じたのかな?なんて思ってたら・・・。
開いた阿部君の唇から、舌がぬっと突き出された。
最後の白いひとしずくを、あかい色をした舌が受ける。
その瞬間、なぜかドキッとして・・・思わず顔をそらした。阿部君には、気が疲れてないと思うけど・・・今度はオレの顔が赤くなってしまった。
何かを誤魔化すみたいに、自分のカップに口をつけた。
そして、さっき阿部君の舌に垂れた1滴を思い出しながらモーモー牛乳をひとくち、口に含んだ。
あ、れ?なんか、牛乳って、こんなに甘かったか?今日は何回も牛乳の味が変る日だな・・・。へ、へんなの。オレが、ヘンなのかな・・・?なんか、ドキドキしてるし・・・。
手の甲で、口元を拭っている阿部君を見ながら、オレは妙に甘くなっちゃった牛乳を、ごくんと飲み込んだ。
END
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