「ふ・・・はぁ・・・」
 いつもは、冷たいことばっかりしか言わないつれない唇から、熱っぽい溜息が漏れた。
 ぎゅっと眉根を寄せて、半眼になった黒目がちの瞳が潤んで今にも溶け出してしまいそうだ。
 中学の頃から比べると随分とシャープになったそばかすの散る頬が、快感に歪むのを下から見上げると、オレの背中が甘く痺れる。
 ぴんと張った細い糸を爪弾いて、振動させるような繊細な官能。



「 月 の 官 能  太 陽 の 快 楽 」




 そりゃぁ、痛いよ・・・痛いっつーかすっげぇ違和感と圧迫感がある。どんなに下準備したって入るべき場所じゃないから、それは拭えない。今日なんて、きちんとしなかったから結構キツイ。でも、カラダとは別の部分が快いんだ。
 泉、と心の中で呼んでみるとうっかり入ってきている場所がピクピク動いてしまったからオレはびっくりした。名前呼ぶだけで、これかよ・・・オレってめちゃくちゃ恥ずかしい奴じゃん。
 でも、その蠕動に半分だけ入って動きを止めていてくれた泉の腰が震えた。寛げたジーンズから見える恥骨が色っぽくて、ぐっとくる。
「泉ぃ・・・動いて、いいかんな・・・」
 うわぁ、オレの声ちょっと上擦ってるよ。恥ずかしいな、結構。
「・・・うっ・・・せぇーよ・・・黙ってろ」
 オレが、恥じを忍んで言ってんのに、こんな時まで、こうなんですか・・・そんな憮然とした顔しなくても。
俺たち、今ヤッてるんだ、ぜ?
 でも、泉は『お前のことなんか、知るかよ』って態度をとるくせに、必ず一定の距離に居る。付かず離れずが、この後輩・・・今は同輩だけど・・・の優しさでもあり、躊躇でもあるんじゃないかなんてオレは思っている。
 今だって、オレがキツイのが分るんだろう。隘路が馴染むのを、我慢して待っててくれてるんだよ。
 そういう、微かな思いやりみたいなものを感じるだけでオレは有頂天になってしまう。もしかしたら、独り善がりなのかもしれないけれど、オレの気持ちが浮き立つことはホントだ。
 それは、オレが特別な想いを抱いているからだろう。
「・・・くしょ」 
いつもオレに見せている仏頂面が、悔しそうな表情に変わる。
「泉・・・」
そして、次第に悔しそうな表情の中に快楽の色が混じる。コマ送りで見るような、その表情の変化にオレはうっとりする。
オレは、手を伸ばして泉の背中を服の上から撫でた。あはは・・・服を脱ぐ余裕もないんだよね、オレら。場所は教室だし。背中には、硬くて冷たい床の感触があるし、見上げた視界には家庭用よりもふたまわりも大きい蛍光灯がチカチカしている。ちょっと顔を反らせば、誰かの使っている
机の脚が顔の真横にあったりして。椅子と机の脚が、まるで鈍色の細い木立のように林立(なら)んでいる。オレは、手近にある机の脚を掴んだ。
泉の背中を、抱きしめることができない。触れることは、許されないような気がする。
泉はこんな場所では絶対こんなフシダラなことはしない奴だけど、オレが強引に誘ったんだよ。いつも悪い遊びを教えちゃうのはオレなんだ。
 大きな溜息が、上から降ってくる。甘さと苦しさが混じった甘い吐息だ。
 オレは、開いていた足を閉じて泉の身体を挟むようにして身体を揺さぶった。
泉、いいから、来いってば。
「ち、くしょ・・・」
 泉が、腰をぐいっと動かし突上げた。珍しく荒っぽい。まぁ、珍しいなんて分るほどの回数をこなしちゃ居ないんだけどさ。今までに、こんな風にされたことはない。それだけ、我慢してたってことなんだろう。
「ふぁ・・・」
 いつもは、オレのことなんかぞんざいに扱うくせに、この時は本当に優しいんだ。
撫でてくれるとか、たくさんキスしてくれるとかじゃなくって、やりかたとしちゃ淡白だけど・・・一つ一つの所作が凄く優しい。だから、オレは蕩けたアイスクリームみたいになっちゃうんだよ。
 続けざまに、動かれる。目を瞑っちゃいそうになるのをこらえて、泉の顔を下から見上げる。律動に視界がガクガクと揺れるから、俺の世界も、泉の表情も、揺れる。
 泉は、顔を赤くして眉根をきゅっと寄せていた。感じている顔だ。快感に耐えている顔。
オレに圧し掛かっている泉の伸びた柔らかな前髪が、俺の頬をくすぐる。
 ああ・・・。
 オレの好きなあの瞳が、快楽に濡れて光る。
 お互いの意識の飛んでいるこんな時にしか出来ないから、オレはゆっくりと頬を撫でた。
「・・・イ・・・く」
 喰いしばった歯の隙間から押し出される掠れた泉の声にオレは、興奮する。
 開けっ放しで呼吸をしている俺の口の端から、じわりと期待に沸きあがった唾液が頬に伝い落ちるのを感じた。普通、こういう時って乾くのにな・・・どんだけ欲情してんだよ、オレは。
 オレの身体の中で射精しようとしている泉は、どこのだれもよりもなによりも可愛くて、可愛くて。
オレはそれを見て官能を極める。
 たった2年前はあんなに近かった泉は今は、遠くて眩しくて。オレはいつもくらくらしながら泉を見てる。
 今、こうしてゼロ距離よりも近いところにいるのに、先輩後輩として同じ野球部で普通に野球をしていた頃と、どっちが寄り添えてんのかな?
 こうして、感じている快感ですら同じものを共有できているのかわからないんだぜ。
 太陽の快楽、月の官能。
 月は、太陽の光がないと地球からは見えないんだ。地球からは、太陽と月は一緒に見ることはできないんだ。
 わかってるよ、そんなことは。それは頭の悪い俺だってわかってるけど。
 でも・・・。
 太陽と、月の距離ってどのくらい離れてるんだっけ?
 そんなことを考えながら、オレは泉の精に満たされる感覚を腹の中いっぱいに感じて、イッた。
 
 
 END

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