「島崎、次サザン歌えよ!」
「えー!島崎君『アゲハ蝶』歌ってぇ」


 『 な つ ま つ り 』



 人数が足りないから、どうしても来て欲しいと高校の時のクラスメイトに拝み倒されて、『一次会だけな』という約束で島崎慎吾はしぶしぶコンパに参加した。
 他にも、もう何回もこういった誘いを受けていたが、大学に入って部活にもまだなれないから疲れるし忙しいという理由で、その手の誘いは殆ど断っていたが、時間はあわせるからどうしても来て欲しいと手を合わせられた。人数合わせならオレじゃなくてもいいだろ?と言っても、相手は諦めずにごり押ししてきた。
仕方なく義理で参加したコンパの顔触れは男女合わせて八人。半分近くが知った顔だった。残った半分は、口を揃えて「企画者のトモダチです」と言っていた。
一人高校時代の同級生の女の子がいた。チアリーディング部に所属していて、クラスが一緒だったので、けっこう親しくしていた子だった。因みに、アゲハ蝶は彼女からのリクエストだった。
「サザンは何を歌えばいいの?サザンより『アゲハ蝶』を先に歌った方がいいの?」
 特に歌が歌いたいわけじゃなかったから、一巡目のマイクが回った時に適当に一曲入れたあとはなんやかんやと言い訳して、歌わなかったら三巡目からはリクエストされて、仕方なくそのナンバーを歌った。もう、そこから先は積極的にマイクを握らない慎吾に対して、リクエストが殺到した。どさくさに紛れて二曲連続でリクエスト曲を入れられて歌わされたりもした。
正直辟易した。こんな展開で他の男連中が気を悪くしていないかと周りを見ると、みんな楽しんでいるみたいだったから『まぁ、いいか』と場の流れに身を任せた。
「すごーい!島崎くん、歌うまーい!」
「マジ、上手!」
 次々と掛けられる女の子の言葉。
「いや、そんなことねぇって。でも、ありがとな」
 お褒めの言葉に、適当に返事をしながら慎吾は早く終わらないかと、手首にしている銀の愛用の腕時計を見た。この時間が終わるまで、後まだ30分もある。慎吾が内心、溜息をついていた。
「あ、サザンきた!慎吾!」
 また連続かよ・・・と舌打ちしたくなったが、気分が乗らないのに女の子と話をするのも億劫だったので素直にマイクを受け取った。
高校時代のクラスメイトは慎吾のことを「いやらしいキャラ」に仕立て上げたせいで、『エロチカセブン』を歌っている最中は盛り上がった。女の子がそろってキャーキャー言っている。「こいつ、高校の時にいやらしんごとかいわれてたんだぜ!」などというネタで話に花が咲いて、慎吾にとってはありがたくない話だったが、このキャラのため野郎どもも慎吾のオンステージを笑って許せたのだろう。
やっとサザンが終わって、マイクを置こうとすると、慎吾の隣に座っていた白いシフォンワンピース着た女の子がさっとそのマイクに手を伸ばした。
彼女はこのコンパで一番人気の子だった。さっき、このボックスに入る前に企画者の元クラスメイトがこっそりと慎吾に耳打ちしたのだ。
慎吾は「次?」と聞くと、彼女ははにかんだように笑って長めのウェーブを揺らしながら「うん」と頷いた。
 マイクを渡してやると、手が触れて「あ、ごめん」と謝ったが彼女は小首をかしげてにっこりしただけだった。その時、ふわりと甘いフレグランスの匂いがした。
慎吾は「あー、これの反応は・・・どうすっかな。明らかにモーション掛けられてんな」と思ったが、スピーカーから流れ出したイントロ部分に思わず、カラオケのディスプレイを見た。
「あー、コレ好き!」
 何人かが同じようなことを言った。
 インパクトの強いそのリズムは、まさしくあの日を思い起こさせる。
 彼女が、高いソプラノで歌い出した。
『君がいた夏は遠い夢の中 空に消えてった打ち上げ花火・・・』
 三年生、高校最後の夏、球場のベンチでこれを聞いた。あの時は、こんな電子音じゃなくてトランペット(ラッパ)やコンサート・バス・ドラム(タイコ)の音だった。
「・・・最終回の、最後のアイツの打席で・・・桐青の援団と吹奏楽部が演奏(や)った曲だ」
 つい、意図せずこんな言葉が口を突いて出た。けれど、カラオケの音量は大きくて慎吾のつぶやきをいとも簡単に掻き消した。
 今の言葉を聞いた人間は誰もいないだろう。
 向かいに座っているチアをやっていた元クラスメイトを見ると、目があった。でも、すぐにカラオケのリモコンを弄り始めた。これにあわせて応援席で踊っていたはずだが、特に思うことはないのか慎吾に何かを言うことはなかった。慎吾にとって、それはどうでも良いことだったのだが。
『子供みたいに金魚すくいに 夢中になって袖が濡れてる 無邪気な横顔がとても可愛くて』
 脳裏に、利央とじゃれあっている姿が浮かんだ。
 今思えば、直接笑いかけられるよりもずっと、笑った横顔を少し離れたところから見ていることのほうが多かった。
『神社の中石段に座り ボヤーッとした闇の中で ざわめきが少し遠く聞こえた 線香花火マッチをつけて 色んな事話したけれど 好きだってことが言えなかった』
 慎吾の顔を真っ直に見つめてくる強いまなざしが蘇る。
 もう、しばらくあの瞳をみていない。
 慎吾はメールの返信をしていないし、電話はお互いにかけない。
『君がいた夏は遠い夢の中 空に消えてった打ち上げ花火・・・』
 不意に胸が疼いた。
「今、アイツは何をしてっかな・・・」
 こんなことを思う自分が馬鹿馬鹿しく、慎吾は顔を伏せて小さく笑いひとりごちた。
「自分で遠ざけたくせに・・・まったく、呆れるくらい嫌な男だよ、オレってヤツは」



END

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