オレは、鏡が嫌いだ。
 何年経っても、何年待っても。
 その硝子に塗った水銀の裏面に写るもんは変んねぇ。 
 大きな目と、小さめの鼻、丸いほっぺたに点々と散るにきび。
 変ったのは、髪の長さくらいだ。これだって、オレが意図して伸ばしたんだ。
 ちっとはマシになるかと思ったけど、ちっとも大人っぽくみせてくれない。それどころか、軟(やわ)な印象になって、正直がっかりだった。そんなオレを見て、「カワイイ」なんていう奴が居るが、こいつらには一律の軽い敵意を覚える。子供の頃から言われ続けてきたオレへの呪いだ。お前らがそれを言うたびに、オレの成長は遅くなっているような気さえする。うんざりしたっつーの。
 それでも、髪は短くするよりは長いほうがましだから伸ばしている。 もしかしたら、また切るかもしれないけどな。
 西浦に入学してから、もう二回も髪型を変えている。
 変えてるけど、なんも変らない。


I am as old as he is




 身長も、伸びてはいるけど・・・自分的には不満タラタラ。
もっと、早く。もっと、伸びて欲しい。横だって、細っせぇまんま。全然ガタイよくなんねぇの。あんだけ、食ってののに。
 今年の誕生日に思っていることが、去年の誕生日と同じ不平不満だなんて・・・すっげぇかっこわりぃ。
それなのに、こっちの事情なんて知ったもんかとばっかりにアイツは、にょきにょき大きくなっちまった。何より、それが気に食わない。まぁ、そんなことでアイツに文句を言っても理不尽窮まるってもんだから言わねぇけど。
でも、アイツのあのデカさを見てるとたまにどつきたくなってくる。
 便所の鏡に顔を寄せ、自分のドアップを延々と眺め・・・そしてひとつ舌打ちをした。
「ちっ」
 その途端、キィッと小さな音がした。
 オレは慌てて鏡から離れて、入口から目を反らした。
 げっ!タイミング悪ぃな・・・見られたか?ナルだって思われたらヤだな・・・自分のツラを鏡で見てるところなんて、他人に見られたくねぇもんだな。っつーか、オレ自分の顔にコンプレックス持ってるからだと思うけど、こんなことを思うのも。
「泉、なに鏡なんて見てんだぁ?」
 この声は、オレが今一番会いたくなかったアイツの声・・・っつーか、コンプレックスの原因そのものじゃねぇか?
 おい・・・今日はいったいなんなんだ? 仮にもオレの誕生日だろうが?
 なのに、いいことがあるどころか、こんな仕打ちかよ!?
「自分の顔に見蕩れてたりしたのか〜?」
 でかい図体が、すすすっとオレの横にすり寄ってきて、あまつさえオレを見下ろすように顔を覗き込んできた。
「・・・黙れ、浜田」
 なんで、こんな時にコイツがここに来るんだよ!
 睨むと、浜田がにゃはは〜って笑った。
 結構ゴツイくせに、この笑顔だけはいつまでもガキっぽい。
 こんな笑顔をしやがるから、オレはいつも変な期待をしちまうんだ。
 こいつのこの顔は、近すぎる。
 オレにとって何時まで経っても永遠に埋まらない一年の差を忘れさせる。グラウンドに一緒に立ってる気にすらさせられる。 
 オレの目の前。栄口の向こう・・・・マウンドに、コイツが居るんじゃないかって思っちまう。
 浜田の背中、守ることなんてもうねぇのにな。
「でもさぁ・・・」
「んだよ」
「それも、わかる」
「は?」
「泉が自分の顔に、見蕩れんのわかる」
「何言ってんだ?そんなんじゃねぇっつてんだろ」
 じろじろと人の顔を見るんじゃねぇよ。思いっきり顔を顰めてやった。
「お前、随分カッコよくなったなぁ」
 浜田が、急にそんなことを言い出したから・・・オレは一瞬、息が詰まっちまった。 
「そんな、驚いた顔しなくたって・・・」
「うっせぇ」
 もう、笑ってくれて結構だよ。オレ、あまりのことに悪態をつくくらいしかできねぇの。なんとも、しがたい。
「夏の大会からさぁ、男前度が急上昇してるよなぁ。どんどん男らしくなっちゃって・・・」
 一度言葉を切って、オレなんかさ・・・と言った浜田と目が合った。
 浜田は、少しだけ唇を震わせて・・・何一つ肝心なことを言わないままに、あいまいな笑みに変えちまった。
「でも、やっぱ可愛いけどさ」
 何かを誤魔化すように、浜田はそう言った。
 問い詰めてやりたいと思った。『オレなんかさ・・・』って続きを、言えって命令したかった。
 でも、やめた。言いたくないなら、今日のところは赦してやる。
「可愛いって、二度と言うな。可愛いって言ったら、コロス」
「ひぃっ!お前・・・なんで、そんなに怖いんだよ!いつから、そんな怖い子になっちゃったんだ!?」
「うっせ。早く用足せよ。チャイム鳴るぞ」
 キーンコーンカーンコーン。
 言ったそばから鳴りやがった。
「先行くかんな」
 何も言わずに便所を出るのも、なんとなく気が引けたから一言声をかけてから扉を押した。
 早足で歩きながら、カッコイイと言われたことに対する嬉しさとかが湧き上がってきた。
 浜田のヤツ、いったい何を考えてあんなことを急に言い出したんだ?っつーか、マジで驚いた・・・。
「お〜い、待てよ、泉!」
 立ち止まって振り返ると、浜田がすぐ後ろから小走りでこっちに向ってきている姿が見えた。でかい図体して、オレを呼びながら走る姿が、オレの気持ちに大きな波風を立てる。
 デカイなりして可愛いのはお前だっつーの。
 でも、オレの口からそんな言葉が出るはずもなく、やっぱり吐きなれた悪態が出た。オレは、本人を目の前にして人を褒めたりすんのが苦手なんだよ。っていうか、浜田限定で苦手。
 他のやつなら、普通に褒めることができんだけどな。
「なんだよ、お前。手ぇ洗ったのかよ、汚ねぇな」
 追いついた浜田が「結局しなかった」って言うのを聞きながらオレは歩き出した。
「はぁ?お前、何しに便所に行ったんだ?」
 並んで歩きならが、なんなんだ、お前は?って目で浜田を見上げると浜田はへらっと笑って『うーん、何しにいったんだっけな?』とわけのわからないことを言った。
「ったく、便所まで来て、てめぇがしたことは、オレのツラ見ただけじゃねぇか」
 呆れて言うと、浜田の瞳がゆらりと揺れた。
 その目が、オレを見て。
 それから、浜田は掠れた声で『誕生日、おめでとう・・・20日間だけ、同い年だな』と言った。


END

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