SUMEER’S END MELT DOWN -Preview-



−−−前略−−−

 日曜日、朝六時。
 オレは桐青高校の校門前にいた。
 今日、初めて桐青の練習に参加する。マネージャーが迎えに来てくれる時間を中学の顧問から聞いていたけど、まだその時間よりも随分早い。今日の朝は五時前に目が覚めてしまった。緊張しているからだけど・・・それだけじゃない。
 胸がドキドキするのは、きっと期待しているからだ。
 三月早朝の寒さなんかまったく気にならないくらい、興奮しちゃってる。それだって、当然だ。
 今日、あの桐青で野球ができる。いや、オレみたいなペーペーは球拾いだろうけど、それでも高校野球の第一歩を踏み出したっていうことだろ?
 オレはぐるりと周りの様子を眺めた。校門からグラウンドの様子が見えた。グラウンドっていっても、ただの校庭だ。野球部専用グラウンドは学校から少し離れた場所にテニスコートとかと一緒に併設されている総合グラウンドとして、ちゃんとある。屋内の野球練習場もあるっていうから、すごい。
 今日の練習はそのグラウンドでやるって話なんだけど、オレは今日が初めての顔みせだから桐青のマネージャーが案内してくれるってことになっていた。
 まだ、約束までの時間には十五分くらいある。なんだか、そわそわして落ち着かねぇなぁ・・・って思ってたら。
 桐青の制服を着て、自転車を漕いできた女子生徒に声を掛けられた。
「あなたが真柴君?」
 オレは慌てて居住まいを正して、はいと返事をした。
 声を掛けてきたのは、女子マネだった。高校の野球部には女子マネがいるのは知ってたけど・・・なんか、実際見るとなんか不思議な感じだ。
「はい」
「そう。あたし、野球部のマネージャーで、真柴君を案内するように監督から言われてるの。よろしくね」
「よろしくお願いします・・・」
 オレはばっと頭を下げた。
「うん、じゃあ一緒に行こう」
 オレは案内されるままに、自転車を降りたマネジの後についていった。マネジが連れて行ってくれた場所は部室棟だった。
 部室棟は三階建てで、塗装は塗りたてて綺麗だったけど、どっかの木造アパートみたいな外観だった。その部室棟の一階の外廊下入り口から見て一番手前側から三部屋分が野球部の部室だった。
 マネジが一番手前の部室の鍵をあけて、中に入った。
「真柴君、来て早々で悪いんだけどあたしと一緒にボール運んでくれる?総合グラウンドまでだから、ちょっと遠いんだけど」
「はい」
「じゃあ、一緒に来て」
 手短に返事をすると、中に招き入れられる。
そんなに大きな部屋じゃなかった。中学の頃の部室は打ち出しのコンクリートの部屋に棚があるだけっていう殺風景を通り越して寒々しいような感じだったけど、桐青の野球部の部室は違う。ずらっとロッカーが並んでいて、そのロッカーには小さな文字で色んなラクガキがしてあった。歴代の先輩の残したものだろう。『打倒、ARC!春大会の屈辱は忘れん!』とか『ジャパン選抜に選ばれたぜ!平成×年×月×日』とか書いてある。ジャパン選抜とかって、マジ凄いんですけど!それに、『目指せ、甲子園優勝!』っていう落書きもある。 
壁には、いつも桐青のベンチの中に飾られている横断幕と千羽鶴が飾ってあった。
 それを見て、ちょっと感動してしまった。ここは、甲子園を目指せる学校なんだって。
「真柴君、扉開けといてくれる?」
 マネジが籠三つ分のボールを部室の片隅からずるずると引きずり出してきた。
 うわ、オレって気が利かない。出すのを手伝えばよかったよ。
「はい」
 とりあえず、オレは言われたとおり扉を開けて、側に置いてあったつっかえ棒をかませた。
「運びます」
 オレが籠を二つの籠を持ち上げようとした時、部室の前に人影が見えた。
 女だった。
 誰だろう。制服姿じゃないし・・・すげぇ丈が短くて派手な原色のスカート履いてる。上は真っ白なエナメルっぽいジャケットを着ている。その女の横に、もう一人誰かいた。よく見ると、襟を立てた、群青色のグラウンドコートを着た背の高い男だった。 
 二人は、野球部の前で立ち止まって話をしていた。女の甲高い笑い声が聞こえる。
 部室から出るのに邪魔だ。人んちの部室の前で話し込んでないで、どっかよそに行ってゆっくり話せばいいのに。
 どこの誰だよ?って思って男の茶色い後ろ頭を軽く睨み付けた。
 すると、茶色い頭が動いて髪が揺れたと思うと・・・ゆっくり後ろを振り返って色素の薄い目がオレを見た。
「っ!」
 タイミングが悪い。こんな時に振り返るなんて!
「島崎さん、おはようございます」
 オレの隣にいたマネジが頭を下げた。
 まさかって、思ったよ。反射的にオレも頭をがばっと下げながら慌てて声だしをした。
「ちわっす!」
 挨拶しながら、その人が部室に入ってくる気配にヒヤヒヤした。一年坊主以下がガンくれたんだ。一発しばかれても文句言えない。
 ・・・まさか、桐青の野球部にこんなチャラいのが居ると思わなかったんだ。
 頭を下げたまま、上目遣いでその人を盗み見た。
 やっぱ、ないだろ?
 派手な色の頭に、長めの前髪。そっから覗く眦が下がった目はヘンに雰囲気がある。一七〇センチを軽く越えるだろう身体は細すぎずゴツ過ぎず絶妙なバランス。肩の力が抜けた感じとかが、どうみたって高校球児じゃない。
 極めつけは、アクセサリーだ。グラウンドコートの袖口からのぞく手首には、銀色の細いチェーンにシンプルな同色のプレートをあしらったブレスレットがはめられていた。
 そんなもん、球児がしてたら絶対に違和感がある。たまに電車の中でボーズ頭のいかにも球児!ってヤツの尻ポケットに、ヴィトンの財布が突っ込んであったりするのを見かけると、『うわ・・・微妙』って思う。あの滑稽さが、この人には全くない。
 腹の中で、不満がますます膨れ上がる。
高校球児なら、もっと暑っ苦しくて野暮ったい感じがあるだろう?アレが、全くなかったんだ。
 県下でも有名なキツイ練習に耐えている、真面目で忍耐強い桐青野球部の部員だとはとても思えない。
「今日から、うちの練習に顔出すことになってる真柴君です」
 ちょっと声が高くなったマネジが、オレの紹介をした。
「真柴迅です・・・よろしくお願いします」
 オレは一度顔を上げてその先輩を見た。
 あまり日に焼けていない顔が、オレを見てにこっと爽やかに笑いかけてきた。
 なんだか、テレビCMにでもなりそうなくらい、出来すぎた笑顔だった。
「ああ、よろしくな。来年入学なんだ?頑張れよ」
 オレは無言でもう一度頭を下げながら思った。
 なんでこんなヤツが野球やってんだろうって。


PREVIEW END
*夏コミの新刊のプレビューです。
詳しいことに関してはinfoをご覧頂くかメールでお問合せ下さいませ。
ここまでお読みいただき有難うございました!

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