な、んなんだよ・・・。これ、ホント、ありえない。
 なんで、今オレの前に慎吾さんが笑いながら立ってるんだよ?
 ここ、一年の教室だぞ・・・?なんで?

 
There is no accounting for taste 3



「ちょっと、マジ?いるの、そこに島崎さんいるの!?」
 教室の中から槇のあせった声が聞こえてくると、呆気にとられているオレを教室に入るように促がして、慎吾さんは教室のドアをくぐった。
オレは、聞かれた・・・聞かれた・・・、とこの言葉で頭がいっぱいになりながらも、ふらふらと慎吾さんの背中にくっついて教室に入った。
 慎吾さんは教室に入ると、ちょっとばつが悪そうな顔をしている槇に向ってにこっと笑いかけた。槇は赤くなって小さく頭を下げていた。
「あの・・・うち・・・」
 さっきの『たいしたことない』発言のフォローをしようとしているのか、めずらしくしどろもどろな槇より先に慎吾さんが言葉をかけた。
「で、槇さんは誰がいいの?」
「え?」
「さっきの話」
「あの・・・その・・・」
「もしかして・・・青木?」
「え、えぇえ!?」
 槇が頓狂な声を出して、仰け反るほどに驚いていた。何があったんだよってくらいの驚き方でオレの方がびっくりしたくらいだ。
「やっぱ、タケが槇さんのタイプなんだ」
 慎吾さんがBINGO!と言ってヒュッっと口笛を吹いた。
「ど、どうしてわかったんですかあ!?」
 顔を真っ赤にした槇に利央が「へぇ、槇の好みはタケさんなんだぁ」と言ってニヤニヤ笑っている。
「槇さんは準太とか利央とか他の3年とかよりも、男らしいのが好みなのかなって思っただけ。オレから見てもタケはかっこいいよ」
「そうですよね!青木さんカッコイイですよね!うちがいくら言っても、みんな高瀬さんとか仲沢のほうがカッコイイっていうんですよ!」
「タケは男前だよ。タケの良さがわかるなんて、見る目あるよ。槇さん」
「そうですかぁ!?」
「うん」
 慎吾さんの言葉に槇が凄く喜んでいた。その目は、さっき慎吾さんのことを『うちは、あまりカッコイイと思わない』って言ってた時とは明らかに違ってる。
 ツボをつかれるっていうのいうのかな?慎吾さんは、こういう風に人を気持ちよくさせることがすごく上手だ。
「槇、渋い!タケさんがいいって・・・渋い!」
 利央の声はもっと話を聞きたさそうだった。それに、槇は答えるようにちょっと恥ずかしそうにしながらも、話を続けた。
「うちはぁ・・・青木さんが一番かっこいいと思うわけよ。寡黙な感じで、男らしくて・・・へらへらしてんの好きじゃないから」
 その気持ちはわかる。男のオレの目から見てもタケさんは文句なしにカッコイイ。
「確かに、タケって『男は黙ってホームラン』みたいなタイプだな」
 慎吾さんがタケさんを褒める。でも、これは全然お世辞じゃない。タケさんは本当にそんな感じの人だ。口数は多くなくて、背中で語る、みたいなそんな感じ。
「そうですよねー!やっぱ、青木さんてそういう人ですよね!」
 槇はきゃーっと黄色い声を出して、『男は黙ってホームランかぁ・・・カッコイイ!』とか言っているからオレはまたまた驚いた。
 槇って、結構低温度っていうか、こういう風にキャーキャーいうような奴だったとは思わなかったんだよ。いつものオレに対する態度と全然違う・・・!なんか、ちょっとかわいい子ぶってないか・・・?
「迅も、タケみたいなのが好みだよな?」
 慎吾さんが、オレを見て少し目を細めた。
「え!?」
 な、なんすか、それ!?槇が怪訝な目でオレを見てる・・・ヘンなこと言わないでくださいよ、慎吾さん!
「あー、迅はそうだよね。タケさん憧れだもんね。あんなスラッガーになりたいって言ってるじゃん」
「あ、ああ・・・」
 そういうことか。
「そっすね。タケさんみたいな打者になれたらって・・・目標です」
 素直に答えてどきっとした。
あれ・・・なんか、オレは悪いことを言ったのかなって不安になった。
慎吾さんの目は笑っているんだけど・・・ほんの一瞬だけ無表情になったから。
 でも、そんなのも束の間。隣から槇が速攻で突っ込んできた。
「えー!真柴が青木さん目指してんの!?っていうか、真柴って野球巧いの?」
 む、ムカツクな、こいつ!女版利央みたいなヤツだ・・・!槇が思ってるほど下手じゃねぇっつの!
「槇、こう見ても迅はレギュラーだよ」
 利央が『オレもベンチ入ってるけどねぇ』と言うと、槇が『えー、真柴がレギュラーってホントだったんだね、今までマジ?ってホンキで疑ってたんだよね、うち!でも、仲沢もベンチ入りしてるんじゃ・・・レベルどうなの?』などと言っている。
 槇はいつもオレを、小馬鹿にする。オレがレギュラーだっていうのだっていうのも疑ってたのかよ・・・!それに、うちはお前らバスケ部より成績いいっつの!去年は甲子園出場したんだからな!お前らインハイ出てねぇだろうが!
「迅は、いい選手だよ」
 慎吾さんの一言に、オレを肴におしゃべりが槇と利央の口がピタリと止まった。 
「迅は一年で唯一、夏大のスタメンをとったヤツだよ。迅より早く塁間を走れるヤツはうちにはいない。多分、走者としての迅は県内屈指じゃねぇかな」
 槇の顔が小さな目を丸くして慎吾さんを見た。慎吾さんはちょっと笑って、それでも真剣な声でこう続けた。
「それに、打撃も悪くないと個人的には思ってる。どんな球でも小器用に打てるってわけじゃないけど、速球打ちじゃ、オレもかなわないよ」
 う、わぁ・・・!
 慎吾さんの口からとんでもなくどんでもない言葉がどんどん出てきてオレは・・・目の前の教室の風景がぐるぐる回るような感覚になってしまって・・・たまらなく恥ずかしくなった。
「動体視力が抜群にいい。その目と足があるから守りもなかなかいいしな。迅はサードもいいけどショートも絶対イケると思う」
 もう、もう・・・もう、よしてください!!オレ、そんな大層なモンじゃないですから!このままじゃ恥ずかしくって・・・ひっくり返っちゃいそうです!
「へぇ・・・真柴って、ホントに結構すごいヤツだったんだぁ。島崎さんが言うなら本当なんだろうなって思いました。本当にレギュラーだったんだ、真柴。って・・・ちょっと、真柴?アンタ、なんでそんなに真っ赤になって怒ってんの?」

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