THE TENTH -preview-

 今日も準さんと和さんが部室で夫婦漫才をしていた。夫婦漫才っつーか、夫婦ごっこって言った方がしっくり来ると思う。
 部活が終わって、和さんが新製品のスポーツドリンクを飲んでたんだ。
 スポーツドンリンクって、だいたいポカリ派とアクエリ派に分かれるじゃん?他にDAKARAとかMASHとか好きなやつもいるけどやっぱ少数派だ。
 それに、味もポカリとアクエリがうまい。
 だから、新製品なんかまず買わねーよ。
 準さんも普段はポカリ一辺倒で他のスポーツドリンクを飲んでるのを見たことない。準さん、もともとブランド意識高いしさ。前にオレがアクエリのが好きって言った時は、オレを馬鹿にした目で見ながら『ポカリ以外は、邪道!』とか言ってたのに・・・。
「和さん、それ最近CMでよくやってるやつっすよね?美味いっすか?」
 なんてことを言い出したんだ。
 んだよ、それ!?他のドリンクには興味ないんじゃないんすか!?
 なんて、突っ込むのもムナシイ。ホントは、わかってんだ。準さんは和さんに話しかけたかっただけなんでしょ。
 準さんは、声をかける前にじっと和さんを見てたもんな。まぁ・・・オレも人のことを言えないけどさ。
 オレも、和さんの咽喉を見てたから。
 第一ボタンの外れたシャツの衿からのぞく、首の真ん中の一点が、ごくごくとするたびに動いていた。和さんの首はいかにも太くてしっかりしていて、男っぽい感じなんだけど・・・咽喉仏は凄く柔らかそうだった。健康的な皮膚を押し上げる様に小さな突起が上下するのを見ていたら、口の中に生唾が湧いてきた。慌ててごくんと飲み下してから、内心で超キョドった。
 なんだぁ!?一体、なんの生理的反応だよ?
「あー、これな。ちょっと甘いか?疲れてる時にはいいかもなぁ」
 和さんが成分表示を見て、ステビアがどうのとか、糖分がこうのとか言っていた。
「へぇ・・・そうなんすか。じゃあ、今度オレも練習時に買おうかな」
 相槌を打ちながら、準さんは和さんの肩に自分の肩を寄せてペットボトルの表示を覗き込んだ。
「でも、結構甘いぞ。あと、ちょっと匂いが独特だな。飲んでみるか?」
 和さんが真横にある準さんの顔を覗き込みながら言ったんだけど・・・うっわ、近い!顔、近っ!それ以上いったら、ちゅうしちゃうっつーの!
 これがオレと迅だったら、絶対に文句言われる。絶対、『利央!うざい、近い!』って怒られる。でも、このリアクションが普通だ!普通怒る。
 なのに、この二人は大丈夫なわけ?その、距離!
「そうなんすか?オレがダメそうな味っすか?」
 人の嗜好なんて、他人がわかるはずないじゃんか。
「多分、準太は味より匂いがダメだと思う。鼻に抜ける匂いがキライじゃねぇか?それでも、よければ試せば?」
 和さんがキャップを外したままのペットボトルを差し出した。
 なにそれ!?和さんは準さんの味の好みがわるっていうんだ・・・それだけじゃなくて、匂いの好き嫌いまで!?それって、ちょっとすごくない?そんでもって、回し飲みとかしちゃうわけなんだ!?
「なんだ、利央?お前も飲みたいのか?」
 突然ぱっと顔を上げた和さんがオレを見た。そんなことを言われるとは思っていなかったからびっくりした。
「べ、別に・・・!」
 いらないっすよ!って言おうとしたら。
「利央、お前、図々しい!」
 って準さんがぶーぶー言った。
「なんだよぉ!オレは欲しいなんて言ってねぇじゃんか!準さんこそ、いつもポカリしか飲まないくせに、人のものを欲しがるなんて卑しい!知ってるっすか?モーゼも十誡で隣人のものを貪っちゃいけないって言ってんすよ!」
 オレが負けじと言い返すと、一瞬準さんの目から感情がすぅっと引いていった。
 準さんは普段から他校生にポーカーフェースなんて言われてるけど、素の顔がアレなんだ。普通にしてて、あんまり感情が顔に出ない。タケさんなんかはぼーっとしてるって言ってたけど。でも、今の準さんはそいうんじゃなくて・・・。
 その目でじっと、見つめられて、オレは蛇にらまれた蛙みたいになってしまった。
「・・・隣人のものを貪ってはいけない、ね」
 ぽつりと準さんがそう呟いて、オレは背筋が寒くなった。

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*2月3日の桐青夫婦茶碗おかわり!発行予定の新刊のプレビューです。
詳しいことに関してはinfoをご覧頂くかメールでお問合せ下さいませ。
ここまでお読みいただき有難うございました!

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