「真柴、呼んでるよ」
同じクラスの女子が、昼休みに惰眠を貪っていたオレの席に来てこう声をかけた。オレは、寝ぼけていてそれが誰だったのかわからなかったけど・・・。
「名前聞かなかったけど、3年生の人みたいだったよ。クラブ棟の渡り廊下で待ってるって」
3年生と言われてオレは弾かれたように立ち上がった。一瞬にして、眠気が飛んでいき、伝言してくれた女子に礼を言う暇もなく最速のスピードで教室を飛び出した。
AFTER BEAT 1
「ど、したんですか?」
息堰ききって、辿りついたクラブ棟の渡り廊下でオレを待っていたのはヤマさんだった。
「そんなに、急がなくてもいいのに」
「待たせちゃ、悪いんで」
まだ、ちょっと息が整わない。
「なに、がっかりした?」
「え・・・?がっかりって・・・」
「オレじゃない誰かが迅に会いにきたって思ってたんじゃないかなぁって。だから、そんなに慌ててきたんでしょ?」
「そんなことは・・・」
「ま、それはいいや。迅」
「はい」
「遅ればせながら、だけど。誕生日プレゼントをあげようと思って」
「え?でも、こないだ貰いましたけど」
この間、慎吾さんの写真を貰った。
「あはは〜、だってアレは利央のプレゼントじゃん」
「あ、そうか・・・」
すっかり、ヤマさんから貰ったイメージになっていた。ごめん、利央。
「手、出して」
言われて、オレは素直に掌を差し出した。
「うわ、相変わらず凄い」
オレは改めて自分の手を見て、『あぁ・・』って思った。
オレの掌って肉刺や胼胝だらけなんだよ。今も、人差し指の付根の皮が剥けた痕が生々しい紅色になっている。しかも、乾いてないから皮が剥けた後がてらてら光っていて見た目もかなりグロイ。
ヤマさんが、掌を見て痛そう〜と言った。痛いのは仕方ない。バッティングの時に、バットの感触を直に感じないと、嫌だからあえてオレはバッティング用の手袋はしないんだ。バットが握りにくくなるくらいまで酷くなると、監督命令が出て、しかたなく手袋をする。
オレは、肉刺が潰れても、グリップを直に感じていたい。オレが、好きでやってるんだから、痛くてもグロくても仕方がない。
だから、オレの手は何時だって汚い。左斜め後ろの席の女が笑いながら、アタシ真柴とは手を繋ぎたくないって言っていた。別に、オレだって繋ぎたくねぇよ。年頃の男子としてちょっぴり傷つきながらもそれは負け惜しみじゃなくて、本当にオレは手を繋ぎたい女子なんていないんだ。
そんなぼろぼろのオレの掌に、ヤマさんは持っていた少し普通のよりもちょっと長細い形の封筒を掌の上に乗せた。
とても、軽くて中身を想像することなんか全然できなかった。それが顔に出てしまったのかヤマさんは笑って
「開けてみていいよ」
と言ってくれたのでオレはお言葉に甘えることにした。
いったい何が入ってんだろう。ヤマさんからの贈り物だから・・・実はちょっと怖い。
カサリと小さな音を立てて封筒の中から出てきたのは、オレの思いもよらないものだった。
「これって・・・」
「例のヤツのネガ」
目を剥くオレの肩をヤマさんはポンとたたいた。
「ギャルソン慎吾拡散防止条約に調印したんだよ、オレ〜」
「ヤマさん・・・」
どうしよう、何て言っていいかわからない。ヤマさんは、どうしてオレにこれをくれたんだろう。
オレの戸惑いを感じとったのか、ヤマさんはその笑みを更に深くした。
「過去に撒いた写真はどうにもならないのと同じように、過去の慎吾は過去の人たちのものだよな。慎吾は生まれて17年の間、迅に出会わなかったんだから、こりゃしょうがない。でも・・・これからの慎吾は・・・そのネガと一緒で独り占めできるかもよ、迅?」
意味深な言い方にひやっとして・・・オレはとにかく何かを否定しなきゃって思って必死に言葉を考えた。
『オレは慎吾さん大好きだけど一緒に野球できればそれだけでいいんです・・・』
そう言おうとしたら、いつも三日月のように細められているヤマさんの目が、大きく見開いてじっとオレを見つめていたから・・・何にも言えなくなってしまった。
ヤマさんの瞳に、オレが映っている。
「迅、俺たち3年は卒業するよ」
静かな声は、まるで鋭い刃物みたいだった。
ヤマさんは、純然とした事実をオレの胸に突き刺した。
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