「いつだって、野球を通して繋がっちゃいるけど・・・機っていうのは、逃しちゃだめじゃん?」
「ヤマさん・・・」


AFTER BEAT 2



「もしさ、9回裏、1-1でワンナウト、ランナー二塁だったらどうする?」
「え・・・?」
「あー、野球の話」
「え・・・?9回裏、1−1でワンアウトで二塁・・・?」
「うん。ベンチからの指示は特になかったらさ、どうする?」
 急な話の展開で、オレは一瞬、何を言われているかわからなかったけど言われた言葉を鸚鵡返しにしてみるとすぐに飲み込めた。
 球場の緊迫した空気が、すぐに思い浮かんでくる。
 静まり返った、客席からはブラバンの演奏だけが響いていて、視界は雨でけぶっている。
 ヤマさんはオレが納得したのを察して、頷いた。
「そう。そして・・・ランナーは、迅」
「・・・オレが、ランナー?」
「そうだったとしたら、どう、思う?」
 どうとか、こうとかじゃなくて・・・それなら、オレがすることなんか決まってる。
 オレは、ネガをぎゅっと胸に抱きしめてきっぱりと言った。
「走ります」
「え?走るの?」
「はい」
「どうして?意味無いかもよ?三振で終わるかもしれないし。下手すればゲッツーもあるよ?」
「そんなこと、ないです。絶対」
 断言するねぇ、どうもかみ合わない。言い方がマズかったかな?ってヤマさんが言って苦笑いした。
「オレがさ、言いたかったのは、そういう展開で迅が、ランナーだったらバッターボックスにいるヤツに対して、『得点のチャンスだから振れよ。まだ、ワンナウトだけど、みすみすチャンスを逃すなよ』って思わ
ないか?ってことだったんだけど・・・そう思わない?」
 ちょっと意外そうな顔をされたから、オレの方が驚いてしまった。
「そんなの、打者は絶対振りますし、絶対打ちますよ」
 オレが言い張ると、ヤマさんはう〜ん、唸った。
「なんか、オレの意図するところとずれちゃったんだけどさぁ・・・迅のその自信満々な答えはなんで?そっちに興味沸いた。そりゃ、勝ち越しサヨナラしたいのはわかるけど、そんな展開にゃ簡単にはならないと 思うんだけど?」
 何故?ってオレは思った。ヤマさんの言ってることがさっぱりわかんない。
「オレが走って、勝ち越しの点を入れるのは当然じゃないですか」
「だからさ、オレはその理由が知りたい。どうして、当然なの?」
 ヤマさん・・・それ、ホンキで言ってんすか?
「打者、慎吾さんですよね?」
「は?」
 ヤマさんがキョトンとした顔をした。だから、なんでそんな顔するんですか?オレは、当たり前のことしか言ってないじゃないですか。
「だって、1番のオレが二塁に出ててワンナウトってことは、オレの後ろでアウトひとつでしょ?そしたら、3番の慎吾さんじゃないっすか」
「・・・あぁ、そういうコト」
 ヤマさんは、どこか呆けたような声を出した。
「そういうことです。そしたら、絶対慎吾さんは打ちます。そりゃ、どんな当たりかはわかりませんよ。でも、絶対打つ。だから、オレは走って、勝ち越し点入れて、試合を終わらせます!」
「三振は、ないんだ」
「ありません」
 慎吾さんには、それだけの技量がある。絶対に、得点できるように打つ。それで、オレをホームに返してくれる。
 オレは、抱きしめている写真のネガをちらっと見た後、ヤマさんの目を真っ直ぐに見た。
「だから、絶対勝ちますし、オレが塁で余計なことを考えることなんて、ない」
 オレは言いたいことを言ってすごくすっきりした。
 アレ・・・?でも、ヤマさんはなんでこんな話したんだろう?
 って、思ったら。
「・・・あはははは!!」
 って、ヤマさんに笑われてしまった。
「な、なんすか?なんで笑うんすか?」
 ひぃひぃと腹を抱えて爆笑するヤマさんと、おたおたしているオレを部室棟から出てきた三人組の女子生徒がちらちらとこっちに視線をくれながら『なにあれ?』っていう顔をしている。
「ちょっ、ヤマさん・・・!見られてますよっ」
 オレは恥ずかしくなって、ネガを抱えたまま焦った。
「あ〜、いやいやいやいや・・・」
 ヤマさんは目じりに浮かんだ涙を手の甲で擦りながらやっと笑いを収めてくれた。
 もう、本当にヤマさんはわかんない人だ。オレの言ったことのどこが笑えるっていうんだろう?涙出るほどおかしいことなんか、言ってないんだけど。
「あー、ごめんごめん。だって、ワンナウトって言っても、他にいろいろああるかもしれなじゃん」
「あ・・・そうか・・・」
 オレは初めてそこで気がついた。ワンナウトだからと言って、必ず慎吾さんが打席にいるわけじゃない。
 もしかすると、オレの前の打者がアウトで、オレがツーベースを打っただけっていう可能性だったあるし、それこそ沢山のパターンが考えられる。
 でも・・・9回裏で一点入れればサヨナラ勝ちが確定するような場合の多くは、1番のオレが何とか出塁して、2番のマサさんがオレを送ってワンナウトになり、慎吾さんで勝負っていうのがここ最近の桐青(う
ち)の攻撃のセオリーだった。
「迅が、そういう場面を思い浮かべるのはわかるけどね、うちの定石だったから」
 ヤマさんもようやく納得したような顔をした。
「なんだったんですか、ヤマさん・・・?」
「オレがさ、言いたかったのは『機は逃すな!卒業しても、桐青野球部繋がりで慎吾に会えることがあるかもしれないけど、やっぱり今、このタイミングでどんどん攻めるべきでしょ!?』ってことなんだけどね」
「えっ!?そうなんすか!?」
「うん」
 うっわー、全然ヤマさんの真意をつかめてなかった。それどころか、ホンキでワンナウト二塁ならどうする?って聞かれてるのかと思ったよ、オレ。
「いやいや、迅には直球しか通じないのわかったわ」
「す、すんません!オレ、鈍くって・・・でもっ!」
 オレが慎吾さんにアタックとか、そういうのはわけわからないですって言おうと思ったら、ヤマさんの笑顔の質ががらりと変ったので、オレは固まってしまった。
 ニタリ、と笑われて
「迅、ごちそうさま」
 って言われたら・・・オレは何も言えなくなってしまった。


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