先週の数学の授業にやったテスト範囲確認テスト(ってのを、シガポは中間や期末の前にやるんだ)の答案に赤ペンで、でかでかと書かれた点数を見て、ピクリ、とオレのこめかみの血管が引き攣った。


DRUG DROP 1



 氏名欄に書かれた名前は三橋廉。その横にある点数は・・・15点。
 おいおい、テメェいい加減にしろよ?コレで何回目だ?あ?15点とかって、普通ありえるか?テメェはオレの血管をぶっちぎりたくて、毎回毎回テストで赤点とってんのか?仕舞にゃ殴るぞ・・・このヤロウ!
 オレは眉間が痛くなるのを感じて、いかんいかんと思い、指の腹を眉の間に出来た皺を引き伸ばすようにぐりぐりと押し付けた。
 部室で不穏な空気を漂わせまくったオレを皆が遠巻きに見ている。隣で帰り支度をしていた沖がさりげなくすすすーっとオレから離れて部屋の隅に逃げていった。栄口が不安そうにしながらも、いつ止めに入ろうかってタイミングを窺っている。花井は田島に英語の教科書を広げてあーだーこーだーと説明している。こっちのことは目に入っちゃいない。
 落ち着け、オレ。
 毎度のことじゃねぇか、試験前にこんな風になるのは。いつものことだ、いつものこと・・・いつものことじゃいけねぇんだけどよ。
 顔を上げて、無言で三橋を見る。警戒する猫の様な目にイライラするのを押さえて、ちょいちょい、と人差し指を軽く折り曲げる。
お前、ちょっとこっちへ来いよ。
 三橋がびくぅっと震えて「あ」とか「う」とか「お」とかわけわかんない言葉を並べた。
 あのな・・・なんで、そんなにキョドるんだよ。右向くな!左向くな!後ろも見んな!
 三橋はオレを上目遣いにちらっと見て、自分のことを指差した。
そうだよ!お前だよ、お前しかねぇだろうよ!
 おずおずと三橋がオレの側に寄ってきた。
「なぁ、三橋・・・シガポの授業はそんなにわかんねぇか?」
 なるべく穏やかに、穏やかに!を心がけて極力普通の声の大きさで言った。
「・・・」
 三橋はきょどきょどしているだけ何にも言わない。
 なんとか言えよ、この野郎・・・。
「うちの部の方針、わかってるよな?確認するまでもないよな?田島だって、今回は赤点じゃなかったじゃネェか・・・皆が頑張ってんだぞ?」
「ご、ごめんなさ・・・」
 うえぇっと三橋が泣く寸前みたいになって、オレは思わずなんでだよ!と突っ込みたくなった。
 こんなに、怒らないように努力してんのになんで、半べそかくんだよっ!
 イラッとなったオレに助け舟を出したのは意外にも泉だった。
「で、三橋はテストの内容わかんなかったのか?それとも、寝てたのか?」
 シャツのボタンを留めながら、三橋の隣からそう聞いてきた。
「あ、の・・・考えても、わからなかったら、眠くなって・・・」
 わからないと眠くなるんだよな!お前ってヤツはよ!わかってるさ、ああ!わかってるとも!そんで、寝ちまうんだよっ。
 オレはテスト中に三橋のクラスまで行って、机を蹴り飛ばして、『起きてくださ〜い』ってやってやればよかったのか?ああ!?
「わかんねぇなら、勉強するしかねぇな」
 さらりと泉が言った言葉に、オレも怒ってる場合じゃねぇ、三橋をどうにかしねぇとなんねぇとはたと我にかえった。
「で、阿部。お前みれるの?」
 シャツのボタンを留め終えた泉が、首をめぐらせてすっかり着替え終わっていたオレを見た。
「!」
 一瞬、ぐっと詰まった。泉は決して感情表現しないタイプじゃないけど、こういう時の顔がちょっと無表情っぽくなる。
 それが、責められているように感じ始めたのはいつの頃だっただろう。いや、責められてるっていうのも違うんだけどさ・・・なんか、あの表情でみられると微妙な感じだ。
 助け舟、出してくれたんじゃねぇのかよ。
「三橋、明日お前んち行くかんな。絶対数学の教科書とノートを置きっぱにすんじゃねぇぞ」
 ちっと舌打ちたい気持ちを噛み殺して、三橋にそういうと、アイツはこくんとひとつ頷いた。
 無言の横顔は、ホッとしているようにも、少し傷ついているようにもみえて、後味がなんとなく悪かった。

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