階段を上がっている途中で、三橋の部屋の扉が開いて中から三橋が出てきた。
「あ、阿部君・・・ど、どうぞ」
目があうと、若干硬い面持ちで迎え入れられて「ああ」って返事をしながら三橋の部屋に入った。
部屋の真ん中に部のみんなで三橋の家で勉強した時に使ったローテーブルが既に置いてあった。
 オレはそこに座って、鞄から教科書とノートを取り出した。三橋も今日は流石に、勉強道具を持って帰ってきたらしく机の上にすっかり、それらが準備されていた。
 けど・・・。

DRUG DROP 2


「お前、なんでそんな離れて座るんだよ!」
 三橋が座ったのはオレの隣でも、前でもなかった。長方形のテーブルの短い二辺に当たる部分。はっきり言うと、オレとの距離が一番遠いところだった。
「やる気あんのかよ!」
 がぁっと怒鳴ると、三橋が慌てて立ち上がりノートや教科書を抱えてオレの隣に飛んできた。
 ちっ!シャーペン落としてるぞ。そこまで慌てることねぇだろうが。
 オレが落ちたシャーペンを拾ってやると、三橋はありがとうと言った。
 その表情が、やっぱり硬いんだよな。なんなんだよ、まったく。
 早速教科書を開いて、三橋がわからなかったといっていた問題を解くために用いる公式の説明を始めた。
 三橋は一生懸命聞いて、うんうんと相槌を打ってる。
 ひととおり説明をすると、簡単な問題を三題ほど出題した。
 手は遅いけど、必死で考えて解いている手元を見ると、ノートに書かれた解を導く数式は間違っていなかった。
コイツ、馬鹿なんじゃねぇんだよな。勉強ができないってわけでもねぇんだ。ただ、理解し難いものを途中で投げ出しがちなんだ。
投手って、自分の快楽原則に超忠実なのな。
オレは三橋の部屋を見渡して、相変わらずだなと思った。
机はゴミだか必要書類のプリントだか判断付かない紙の束が山積みになってる。ベットの上は、菓子の空き箱やらペットボトルで散らかっている。
 さらに。
その上にボールもゴロゴロといくつも転がっていた。ここが、三橋らしいっていやぁ、三橋らしいんだけどな。
 ん?なんだ、あれ?
 紙の束の影に、見慣れないものが置いてあった。
 ペットボトルでも、缶でもない。
 小さな、ドリンク剤みたいなビンだった。でも、オロナミンやらファイブミニって感じじゃなく、茶色っぽい色をしている。
 気になったけど、三橋に声を掛けられて注意が逸れた。
「できた、よ」
「あ、ああ」
 オレがペンケースから赤いボールペンを取り出して、ノートに書かれた三橋の回答に目を通した。
 一問目と二問目は合っていた。けども、三題目の途中で簡単な計算間違いをしていたので、そこを赤ペンでチェックを入れる。
「三橋、ここの掛け算が間違ってんぞ」
「あ・・・」
 三橋も気が付いたらしく、小さな声を上げた。
「もっと、しっかり見直ししろよ。あってんのに、ここでマイナスされちゃもったいねぇ」
「う、ん。あの、さ・・・」
「なんだ?」
 ノートから顔を上げて三橋を見ると、三橋がどこかおぼつかない様子で「間違ってる?」と聞いていた。
「は?」
「い、一問目と二問目・・・」
「あってるけど、なんで?わかんねぇところあったか?」
「まるが、ついてないから・・・」
「ああ」
 そうか、そういうことか。オレは間違っているところだけチェックしたけど、あっていても丸は付けてねぇや。
「ま、まる・・・つけてください」
 三橋が正座したまま神妙な顔で言うから、オレはちょっとおかしくなって笑った。
「なんだよ、そんなん、改まって言うことか?ま、いいけどさ」
 オレは、一問目と二問目におおきく丸をつけた。
「お前、足崩せよ・・・自分んちなのになんで正座?」
 痺れねぇもんかと心配になって言ってみるけど、三橋はオレの聞いたことには答えずにますますこわばった顔で、三問目の間違っていた問題を見ながら、「阿部君、オレ・・・もっと頑張るから、ね」と言った。
 その目が、半ば睨むようになっていたからびっくりした。
 三橋がこんな目をするなんて・・・マウンド以外じゃみたことねぇ。
 それだけ、真剣にやってるってことなのか?わかんねぇけど、意気込みだけは感じられたからオレは「おお、頑張ろうな」と言って、次の問題に取り掛かるべく教科書のページを捲った。
 

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