5限目の休み時間、始業ベル3分前の出来事だった。
「栄口くんって、野球部だよね?」
 隣の席の女子に、声をかけられてちょっとドキドキした。
 少し吊り気味の大きな目が可愛いと評判のその子とは、席の位置が近いから何度も話をしたことがあったけど、実はオレ自身のことについて聞かれるのは初めてだった。


FACE A DENGER 1



「うん」
 何を言われるのかなって気になりながら極力普通に返事をした。だって、がっついてるって思われたら嫌だ。
「へぇ。今年出来たんだよね、野球部」
「よく知ってるね」
「うん・・・友達が、野球部にカッコイイ人いたって言ってたの」
 彼女はそう言うと、赤くなってまんざらでもなさそうにえへへと笑った。くるんと大きくカールされた毛先が肩口でさらさらと揺れて、かわいいなぁ・・・って正直に思いましたよ。オレも男です。笑顔が、眩しい。
 でも、きっとオレのことじゃないんだよなぁ。そういうキャラじゃないからなぁ、オレ。
 誰のことだろう?カッコイイって言ったらオレから見ると巣山とかなんだけど。でも、女子に人気がありそうなのは阿部とかかな?ボーズだけど花井はタッパもあるし顔は整ってる。田島は野球やってる時は文句なくカッコイイけど、普通に生活してる分には“カッコイイ”って感じじゃないだろうし。泉も顔はいいけど、やっぱりカッコイイって感じじゃないよな。三橋は、微妙すぎる。
「でもね、それが誰だかわかんないんだって。」
 ちらっと、彼女は窺うようにオレを見た。ああ・・・ってオレは納得してしまった。
「へぇ、どんなヤツ?」
 って、聞いてみると彼女はぱぁっと花が咲いたように笑った。
喜んでもらえればオレも嬉しいですよ。顔で笑って、心で泣いてるけどさ。
 やっぱり、知りたかったんだな。その気になるヤツのことを。そのお友達の存在が架空の人物ではないのかってちょっと気になったけど、別に教えてあげることに躊躇いはないんだ。
「えっとね、背が高くて」
 花井か?
「180cm越えてる?」
「え!?そこまでおっきくないよぉ。そんなにおっきかったら、普通の子じゃ並んで歩ったら、話しにくそう」
 そっか、彼女は田島よりもずっと小さいもんなぁ・・・160cmないよね。そんな彼女から見てのおっきいと、オレから見たおっきいってかなり差があるかも。
 って、いうか大きすぎるのもダメなんですか?ちょっと意外だ。女ってわかんない。
「ちょっとジャニ系っぽいの」
「え?それって、アイドルグループのアレ?」
「うん」
 そ、そんな爽やかな汗を流しそうなヤツ、野球部(うち)にいたっけ?
「顔がね、カッコイイの」
「カッコイイ・・・どんなふうに?」
 彼女は、すごく楽しそうに話を続ける。そうとう、気になってるんだろうな・・・。もしかしたら、オレがきっかけつくってあげたら仲良くなるかもしれないな。それにしたって、誰だろう、彼女にそんなに『カッコイイ』を連呼されるのって。
「ええとね・・・ええと、優しそうな感じ」
 優しいというと、オレの中では西広がダントツなんだけど・・・。
「それで、笑うとちょっと可愛い感じ」
 阿部、ではないことが確定した。三橋も違う。阿部いわく、三橋の笑顔はキモイんだって。
「他に特徴は?あ、髪型わかるとかなり絞られると思うけど」
「あ、そうだね。帽子被ってるから詳しくはわかんないけど・・・野球部にしては長めの前髪で・・・ちょっと茶髪だった」
 長めの前髪に、茶髪・・・。
 え?って思ったけど該当者は一人しかいない。
「それって、もしかして・・・」
 まるで、あいつの名前を言うのを遮るようにチャイムが鳴って、タイミングを計ったかのように先生が教室に入って来たうえに、日直が大きな声で「きりーつ」と言ったから・・・オレは返事をするタイミングを完全に逸してしまった。


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