月 西 騒 動  1  


「みずたにぃ〜っ!クソレ・・・ブチ殺す!」
 阿部の怒号が、ホームルームが終わったばかりの教室に響いた。
 花井はあまりのことに、とっさに耳をふさいだ。と、同時に慌てて阿部を探した。
 阿部は血眼になって、水谷を探していた。当の水谷はというと、教室のどこにも居なかった。
「あんの、クソレとどこ行きやがった・・・!」
 阿部が、ギリギリと歯噛みしながらまるで般若のような御面層で、手に持っていた
『月刊・西浦新聞』・・・通称『月西』を捻り潰していた。
 その手に血管が太太と浮いているのを見て、花井は、一瞬ホンキでビビッた。
 でも、その次には「ヤバイ」と判断してまず、水谷の身を案じた。本当ならば、阿部の怒りの理由を先に考えなければならないのだが、そうならなかった。それぐらい、
阿部は凄まじかった。
 ざわ、ざわ。ざわ、ざわ。
 阿部の怒声の後に一瞬静まり返った教室中がざわめいた。勿論、阿部に視線が注がれて いる。それなのに、阿部当人はその視線に全く気がついていない。
 ホントは、関わりたくない。危うきに近寄らずと言ってほっときたい。水谷がシメられる だけですみそうなら、そうして欲しい。
でも、このままじゃ二次被害が出そうだし、シメられたらシメられたで水谷も五体満足で いられるかもわからない。
 水谷を探しに教室外へ出ていきそうな阿部に、仕方なく声をかけた。
「あ、阿部・・・どうしたんだ、よ?」
 三橋バリにどもってしまっても、仕方がない。だって、怖いのだ。
「・・・花井」
 くりると、振り返った阿部のこめかみにも血管が浮いているのを見て、花井はそのまま
一言も言葉を交わさずに、この場からおさらばしたくなった。
「水谷、知らねぇか?」
「さ、さぁ・・・」
「あんの、クソ野郎・・・どこに行きやがった。今日、生きてグランドの土踏めると思う なよ・・・」
(殺られる・・・!阿部の目がヤバイ!マジ、水谷が殺られる・・・!!)
 阿部が痙攣にも似た笑いを浮かべたので、『コイツ、マジで血管切れるんじゃねぇか?!』
 と、阿部のことも心配になり、勇気を振り絞った。
「お、おま・・・なに、そんなに怒ってんだよ・・・」
「あーん?」
 見下すような、嘲るような目で見られてなんでオレがこんなメに会わなきゃなんねぇんだと 心の隅で嘆きながらも、必死で理由を聞いた。
 すると、無言で阿部が無残な姿になった月西を差し出した。
 花井はそれを恐る恐る受け取ると、そっと広げた。文字が読めるところまで新聞を伸ばす のに若干時間がかかった。
 万力で締めたかのように、紙と紙の皺が硬くなっていたからだ。普通、手で握ったくらいで こんなにはならない。ここからも、阿部の怒りが感じられてぞっとしてしまう。
(水谷ぃ〜、お前、何やったんだよ!)
 辛うじて、新聞の体裁を保っている屑ゴミ同然の紙面に必死に目を凝らすと、そこには 『特集・新設西浦野球部!』という記事があった。
「ああ、これ・・・今月号に載ったのか」
 一月程前に、新聞部から取材の依頼があったのだ。主に主将の花井が応えたのだが部員 にもそれぞれ簡単なアンケートが行われた。その中に、どう見ても野球とは関係ない質問 事項があって、野球部のみんなで『どうこたえる?』と悩みつつも照れ笑いをしていたの を思い出す。
 しかし、その蛇足である質問こそが今回のことのおこりだった。


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