月 西 騒 動  3  


「おーい、阿部ー!新聞読んだぞぉ!お前の好きなタイプって『投手』なんだなぁ〜」
 ピシィッと、空間にヒビが入った音を花井は聞いたような気がした・・・。
「「「・・・・・・」」」
 水谷も栄口も巣山も・・・何も言えなかった。
 背後から田島の痛烈な一打を浴びた阿部は深く俯いて、その表情が見えない。ショックのせいか、ただ、ただ教室の出入り口に背を向けたまま、棒立ちになっている。
 野次馬の去った扉の前には仁王立ちになった田島がニシシと笑っていた。笑顔が眩しくて眩暈がしそうだ。すぐ横に無表情で泉が立っている。花井は今日ほど泉の性格が羨ましいと思ったことはなかった。
・・・その後ろから赤い顔でそわそわと落ち着きなくこちらを窺っているのは、我らが西浦のエース。ポジション投手・三橋廉だった。
 その顔が、なんとも嬉しそうといおうか、恥ずかしそうといおうか・・・はっきり言ってちょっとキモイ。
(なんなんだよ、そのは新婚初夜を迎えたばかりの新妻のごときにかみは!)
 花井は自分の突っ込みにさえ嫌気が差し、本気で何もかも投げ出して帰りたくなってしまった。
 しかし。
 落ちていた阿部が・・・ゆらりと首を擡げた。
 そして、後ろを振り向き様に田島に叫んだ言葉は・・・。
「ざけんなっ・・・!オレは、投手って生き物がこの世で一番嫌いなんだよッ!」
 だったから、さぁ大変。
(ぎゃー!)
 花井の声にならない絶叫は、勿論阿部には届かなかった。それどころか、最悪なことに阿部の目にはもう、田島しか映っていないらしかった。
「田島、よく聞け!」
「・・・・・・」
「投手ってのはな、我がままで!自己顕示欲が強くて!欲望に正直で!」
「・・・・・」
「そのくせに傷つきやすいんだから、始末におえねぇ!」
「・・・・・・」
「おまけに、ナルシストでサディストだ!」
「・・・・・・」
「最低の上に、最悪を塗り重ねたようなヤツばかりだよ!」
「・・・も、お前そのへんにしとけよ」
 泉が頭をガシガシ掻きながらポツリと言った。しかし、阿部は値千金の泉のありがたいアドバイスは聞こえちゃい。なんせ、もう自分のことでいっぱいいっぱいだ。
 花井は『や〜め〜ろ〜!!』と叫んつもりだった。が、悲しいかな口こら声は出ていなかった。叫ぶ前に三橋の顔を見てしまったからだ。
 三橋が・・・あんなに、顔を赤くして嬉しそうにしていた三橋が・・・阿部が一言言うたびにその顔色が赤味を失い、今では真っ青になっている。これ以上言い続けたら、失神してひっくり返ってしまいそうだ。今日の部活はムリだろう。と、いうかこれ以上事態が悪化したら・・・・。
(バッテリー崩壊の危機!わかってんのか、阿部ぇ!今まさに破局を迎えようとしてんだぞ!お前、次は月西に『阿部・三橋バッテリー破局!』『阿部三橋離婚!』とか書き立てられるぞ!)
 三橋が、阿部にこんな風に思われているとしたら・・・もう、西浦では野球が出来ないかもしれない。少なくとも今までのようなピッチングはムリだろう。と、いうことは阿部と三橋の私的関係の危機というだけではなく、ひいては西浦野球部の危機ということになる。
(夏が、おわっちまうぅ〜〜〜!しかも、試合する前に!)
だが、そんな危機感を頭が煮えている阿部が察知するわけもなく・・・最後にとどめとばかりにこう言い捨てた。
「野球やってなきゃ、絶対かかわりあいたくねぇ人種だよ!投手なんてヤツは。大ッキライだ!」
 言い終わると阿部は多少気が済んだのか、少しばかりすっきりした顔をした。
 が・・・。
「あ」
 と、言って一点を見据えた阿部が絶句する。
 それも当然のことだ。
 だってその視線の先には・・・青を通り越して真っ白になった三橋がいたのだから。

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