今日も一日が終わってしまった。
 オレは着替えながら、こっそり溜息をついた。それから、はっとして、口を押さえた。練習上がった後は、みんなヘトヘトなのに、部室は賑やかでオレの溜息なんかはみんなには聞こえなかったみたいだったから安心した。
 帰ったら、しなきゃなんないんだよね・・・アレ。



「 は じ め て の 2 」




 そう思うと、凄く暗い気分になってしまう。しなくてもいいけど、朝また大変なことになってしまうのも嫌だし、するしかないかな・・・田島君が言うほど気持ちいいことではないんだけどな。
 オレにとって気持ちいいことは・・・阿部くんに投げることだ。それで、ストライク三つで打者を討ち取ることが一番気持ちいい。
 そこに、阿部くんが機嫌の良さそうな声で「ナイスピッチ!」って言って笑ってくれたらもう、天にも昇る気持ちになっちゃう。
「三橋」
 鞄に着替えをつめていたら、すっかり身支度の終わった田島君がいつの間にか隣に来ていたのでびっくりした。オ、オレが今想像してた気持ちいいことが、田島君にばれたりする事なんかないのは分ってるんだけど、なんか落ち着かない。
「アレ、入れとくな」
田島君がオレの耳元に口を寄せて、こそっと小さな声で言った言葉に、体育の時に言ってたアレの事だってすぐわかって、
「た、田島君・・・オ、オレ・・・」
 ソレいらないよ!って言おうとしたら、隣から手が伸びて来た手は鞄に雑誌を入れてしまった。は、早い・・・。
「ついでに、他のモンもしまっちゃうな」
 田島君はそこらへんに在るものをどんどん鞄に詰めていった。もう、雑誌は鞄の底に沈んでしまって出すのも大変そうだ・・・。
 ど、どうしよ。返したいのに、な・・・。オレ、あの本はあっても見ないし。
 田島君はオレがおろおろしている間にひょいひょいと荷物をしまっていいた。・・・仕方がないから、今日は持って帰ろ。
オレが諦めた時に、田島君が床に落ちていたベルトを拾って、鞄に入れようとした。それ、オレんじゃない。ベルトはいつもロッカーに入れっぱなしだからそれは他の人のなんだ。
「田島、そこらへんに落ちてんの俺のだから」
「阿部のなの?」
「ああ」
「これ?」
田島君がベルトをひょいと持ち上げると、阿部くんは携帯を弄りながら頷いた。
「バッグのファスナーが壊れちまって、締めたつもりなのに締まってなかった。そんで、中からタオルだのベルトだの靴下だのが落ちたんだよ。ちょっとほっといてくれ。これ終わったらすぐに片付ける」
「そっか」
 確かに、おっこっている白い靴下には黒いチーターのロゴが入っていた。阿部くんは、よくこのメーカーのものを使ってる。阿部くん、ここのメーカーがお気に入りなのかな? そしたら、オレも今度同じメーカーのものを買うよ。お揃いとか・・・いいな・・・って思うんだよ。うざいって思われるから、阿部くんには内緒だけど。
「ほい、三橋」
「田、田島君ありがと」
 オレは田島君から鞄を受け取って、ファスナーをしめた。
「忘れもんねーよな」
 田島君が確認してくるので、オレはロッカーを開けて中を確かめて大丈夫そうだったから頷いた。
「部室、鍵かけるからな。忘れモンとりにこれなくて、困るんだよなぁ」
 田島君は、家が近いから忘れもんしてもすぐにとりにこられる距離だ。でも、いくら近くっても鍵が閉められてたら駄目だもんね。
「今度、花井に合鍵作ってもらおうかなぁ・・・こっそりと」
 なんて、田島君は言っていたけど、それを聞いた花井君は「うーん」と唸っていた。いいとも、駄目とも言わなかった。花井君も合鍵必要なのかな?


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