ばたん!と勢いよく部室のドアを開けると、中に居た利央とばっちり目があってしまった。
 そして、利央はオレを見るなり・・・
「ぎゃははは!」
 って、オレのことを指差しながら爆笑した。


トラブル・桐青・フェスティバル 1


 オレは自分の目が空ろになるのを感じた。
できることならば、すちゃっと金属バットをかまえてフルスイングしてやりたいものだ。
 オレの姿を見た利央の記憶が場外ホームランしてくれれば言うことはない。
「迅、な、なにそれ!あ、あは・・・あはは・・・きもっ!」
 そりゃ、キモイだろう。オレだってそう思う・・・。
 びらびらの長い裾が目に入り、さっき鏡で見た己のおぞましい姿を思い出して、鬱になる。
 思わず、部室に誰か置き忘れたバットが無いかあたりを探したが、たとえ、今金属バットが手元にあっても巧くスイングできない・・・だって、この長ったらしい頭の被り物が凄く邪魔なんだ。腕に絡まるんだよ・・・うざったい!
「な、なんで・・・お前、よりによってウエディングドレスなのーっ!?」
 クマのぬいぐるみ片手に抱え、裾と袖に白のふりふりしたのがたっぷりついているタータンチェック柄のワンピースを着て椅子に腰をかけていた利央がオレを指差し、涙目になって叫んだ。
「・・・っせーな、利央なんかピンクハウスじゃねーかよ」
 オレだって、利央が女装している姿を見た瞬間、何か言ってやろう
かと思ったけど・・・先に笑われちまったんだよ!
「う、ウエディングドレスより・・・マシだよ!ウケる!迅、ウケるから!」
「うるさいっ!笑いすぎだっ!」
「だってさぁ・・・ぷ、くくく・・・!」
「利央なんて、デカイくせに似合いすぎて、怖ぇよ!」
「なんだよ、それ〜。褒めんの?けなしてんの?」
「・・・わかんね」
 十月某日の日曜日の部室に、オレと利央はお互いの女装姿に対して、わいのわいのと言い合いをして騒いでいた。
 なんで、こんな不毛なことをしてるかといえばオレと利央に女装癖があって・・・なわけないっ!あるか、そんなもん!文化祭っていうイベントのせいでこんな格好してるんだ!
「っていうか、何で利央がこんなトコロに居んだよ!」
「オレ、今休憩中だもん!あと一時間後に上演だもん!」
 利央のクラスの文化祭の出し物は、演劇だった。題目は「愛の若草物語」だそうだ・・・利央の役どころは主人公の四姉妹の末娘であるおしゃまなエイミーだそうだ。確かに、利央は顔はいいし、頭黄色いし、ごついわけじゃないしで、オレの母親の時代に流行ったようなピンクハウスのワンピースも微妙に似合っている・・・うすくされた化粧も違和感があまりない。でも!こんなでっかい末娘がいるかっつの!
 ほかの3人の姉たちは皆女子がやってるらしい・・・。
 ホント、何を考えてそんなキャスティングにしたんだって思ったけど・・・オレは勿論そんなことを言える立場じゃなかった。
「なんで、迅がこんなとこに居るんだよ?迅のクラス、なんかあれでしょ?クラスみんなでコスプレして、校内を練り歩いて、その姿を写メで撮って1−6に持って行けば、景品くれるってう・・・」
「・・・コスプレウォンテッド」
「そうそう、それ!」
「で、迅はなんで花嫁さんなの?」
「・・・ハズレクジひいたからにきまってるだろ!!」
 って、言ったら利央がまた爆笑した。腹を抱えながらヒィヒィと笑っていた利央が、とうとう椅子から転がり落ちた。
 胸につけている向日葵のブローチが潰れるのもかまわず、床をごろごろと転がりまわっている。
 マジ、蹴り飛ばしてやりたい!
「じ、じん・・・化粧がスゲエ!コワイ!おたふく!」
 ・・・オレだって、嫌だったよ!顔をヘンなローションみたいなので白く塗りたくられ、その上に真っ赤な口紅をべっとり引かれて、更にとどめとばかりに瞼には紫色のアイシャドウ・・・!しかも、瞬きすれば睫毛がくっつくくらいマスカラってやつをたっぷりつけられた。
 利央は似合ってるから、まだいいけどオレは本当にゲテモノだから!
「迅、準さんのクラスでやってるおばけ屋敷手伝いに行けばいいじゃん!幽霊役の準さんの隣で『あたし、きれい〜?』ってやれよ!いいって、絶対!」
「ざっけんな!!」
「あ、オレ、写メしていい?迅の新婦姿激写していい?そんで、1−6で景品貰う」
「いいわけねぇだろ!!利央にやる景品なんてねぇよ!」
「へぇ〜、そんなこと言っていいのかな?迅はサボリでここにいるんでしょ〜?」
「・・・オレも休憩」
「うっそだ!」
「・・・・・」
 そうだよ、嘘だよ。
「サボリだろ?いけないな〜、迅?」
「うっさい!お前こそ、休憩なら自分のクラスの隅っこでしろよ!」
「オレここで待ち合わせてんだもん」
「え!?誰と!?」
「和さん。和さんのクラスでお好み焼き売ってるんだってさ。今朝、メールでオレが奢ってって言ったら、和さんがオレの休憩時間にあわせて部室に持ってきてくれるって言ってたんだよ。もしかしたら、準さんも一緒に来るかもしれないって言ってた」
 オレは、利央の言葉を聞いて青くなった。和さんと準さんが来るって!?
 冗談じゃない!校内で、自分のクラスの野球部以外の部の連中と会わないように、必死に逃げ回ってここまで落ち延びてきたのに!今日のために、部室の鍵だってタケさんから強引に借りてたのに・・・これじゃ意味がない!
 オレは慌ててドレスの裾を捲り上げて、回れ右をした。そのまませかせかと早足で、部室のドアまで行きノブに手をかけようとした時・・・無常にもドアがキィっと音を立てて開いてしまった。
「ぁあ・・・」
 スローモーションのように開かれてゆくドアの様子に、オレは、この世の終わりが来たような気がした。
 だって、ドアの外には・・・。
 両手にお好み焼きの入ったパックを持ち、三角巾を被った割烹着姿の和さんと、その隣でペットボトルが入ったコンビニ袋をぶら下げている白い浴衣を着た準さんがそろって口をポカーンと開けていた。
 そして、その2人の後ろには、一番会いたくない人がいた。
 目を丸くして無言で、オレをじっと見ている・・・視線が痛い。
 オレは、がっくりとその場に四つん這いになった。純白の裾がふわりと野球部の床に広がった。垂れたレースのベールが顔の横に幕を下ろす。
 それがまるで、人生の幕引きのように思えた・・・。
 ああ、終わった・・・慎吾さんに見られてしまった。


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