準さんの大爆笑が部室内に響きわたった。
「なに、なに・・・お前らなに!?笑えるんだけど!」
「だよねぇ〜!迅、すっげウケるよね!」
「っつか、利央お前も相当オモロイ」
「え!?オレ、変!?女子に可愛いって言われたんだけど!?」
「はぁ?お前、何勘違いしてんの?可愛いわけねぇだろ、ねぇ、和さん?」
「準太・・・すまん、オレはノーコメントで」
利央が、自分の女装にちょっとだけ自信があったらしい・・・なんて、ことは今のオレにはどうでもよかった。
うう最悪・・・消えてしまいたいよ・・・。マジ、涙出そう。


トラブル・桐青・フェスティバル 2



地の底までずぅんと落ち込んでいるオレの視界を覆っていた
レースのベールがちょいっと持ち上がった。
「迅、立てよ」
慎吾さんだった。
オレの真横にしゃがみこんだ慎吾さんが、ベールを止めている髪飾りの後ろに、そのレースの白い裾を流すと、オレの顔を覗きこんできた。
「・・・慎吾さん」
「白だから、汚れるぞ・・・借り物だろ?」
笑われなかったことに、どこかほっとしたら、手を差し伸べられた。
「ほら」
手を差し伸べられて、オレは素直にその手をとった。白い長手袋をしたオレの手が、慎吾さんの手に重なったのを見た時なんかすごくヘンな感じだった。
いつもは、グローブをはめている手に白い手袋・・・まるで、オレの手じゃないみたいだった。誰か、女の人の手が慎吾さんに
手を取られているような・・・そんな風に錯覚してしまう。
あ、なんか・・・ヤな感じ。
手を握られ、ゆっくりと引かれた。オレは立ち上がるとぼんやりと慎吾さんを見た。
すると、慎吾さんが小さく吹きだした。
「〜〜〜慎吾さん!」
「悪ぃ・・・ちょと、あんまりにも似合わねぇから」
慎吾さんが、笑いながら悪びれずに言った。
なんか、そんな風にあっさり言われると・・・本当のことだから仕方ないと思ってしまう。恥ずかしいことには変わりないけどさ・・・。
「はぁ・・・オレもそう思います」
またもや、教室で着せられた時に鏡で見せられた自分の花嫁姿を思い出してげっそりしてしまった。
でも、慎吾さんはそんなオレを見て・・・。
「でも、そこが可愛い」
と、言うとニッと笑った。
「!」
・・・もう、なんて言うか・・・オレはその場に固まってしまった。
だって、どうリアクションしたらいいんだかわかんねぇ!
慎吾さんは、固まったオレの頭をポンポンと叩いた。その顔が、なんだか嬉しそうというか楽しそうと言うか・・・・ああ、もう、オレからかわれてんのかな?でも、それもなんか違うような気がするし・・・。
「慎吾さん・・・そんな嬉しそうに笑わないで下さいよ。似合わないって言って喜ぶなんて悪趣味です・・・」
オレが半分困ったような、半分呆れたような気持ちで言うと、
「オレ、結構悪食よ?」
なんて、言うからどう返していいものか困る。けど、ちょっと顔が熱い。きっと、赤くなってるよ、オレ・・・ヤだな。
「そうでしょうとも・・・そうでなけりゃオレなんか・・・」
カワイイだ何て冗談でも言えないだろ。
からかうでも馬鹿にするでもなく、オレを見る慎吾さんの視線に顔をあげてらんなくてふいっと地面を見た。ドレスの裾から見えるのはスニーカーで、なんともちぐはぐだ。オレの足に会うサイズのハイヒールなんてそうそうない。オレは自分の足のサイズに感謝したけど、今はちょっと複雑な気分だ。
「迅はさ・・ふとした瞬間が艶っぽいの」
もう、そっとしといてほしいのに・・・慎吾さんはたまに意地が悪い。
「そーっすか・・・」
そっぽを向いたままオレが適当に相槌を打つと、急につぅっと首の後を撫でられて飛び上った。
「ぅわっ!」
ぞくっとして、肩を竦ませるとばっと顔を上げて慎吾さんを見た。
「お、やっとこっち見たか?」
「慎吾さん・・・!」
「迅て、首すっげ、細いのな」
「・・・は?」
「こうやって、普通に見てると当たり前にいる、高校球児って感じなのにな。さっき、下向いた時に、レースのベールに透けて見る陽に焼けたうなじが・・・艶っぽくて、ぐっと来た」
もう、本当に・・・オレはなんて言って言いかわかんなくなってしまて、すっげぇキョドちゃって心臓バクバクだったけど、慎吾さんはどこ吹く風だ。
こんな風にキョドるオレがおかしいのか?
「それとか、この手とかさ」
慎吾さんはオレの右手をとると、肘まである手袋をするりと抜き取った。光沢のある滑らかな生地が滑る感触が腕にこそばゆい。
露になった腕から掌に、視線を感じて・・・くすぐったい気持ちからすぐに居たたまれない気持ちになった。
だって・・・そのにあるのは半袖焼けした腕と肉刺と胼胝があちこちに出来てる掌で、お世辞にも綺麗な手なんて言えない。
「すげー花嫁だよな。手が肉刺だらけだ・・・相変わらず、打撃練習でグラブつけねぇの?」
「はい・・・」
「そっか、痛くない?」
「痛いっすけど・・・打つ瞬間をナマで掌に感じないとダメなんすよ、オレ」
オレは手をさりげなくひっこめようとした・・・でも、出来なかった。
手首を、慎吾さんがつかんだから。
「迅って、すっげぇ・・・ストイックなのな」
慎吾さんの左手が伸びてきて、その長い指が、オレのぼろぼろの掌に触れようとたけど・・・あと少しというところでその動きをピタリと止まった。
「おーい、2人ともお好み焼き食おうよ!」
一瞬の空白の後、利央がオレたちを呼ぶ声がして、それと同時に手首に感じていた慎吾さんの掌のぬくもりが離れていくのを感じた。
「ちょっと多めに持って来たからな、迅も喰ってけよ」
部室の隅から中央に引っ張り出して来た机の上に、和さんが『古き良き日本の母』って格好でいそいそと配膳している。その隣で準さんが、うまそうだと舌鼓をうっていた。
焼きたてなのだろう、ボリュームのあるお好み焼きが湯気をたてているのを見たら、現金なことに腹がキュルルっと鳴った。
「うっわー!迅、いやしい!花嫁が食い意地張っててみっともない!」
耳ざとく聞きつけた利央がいちいち絡んでくるからオレはむっとしてしまった。
「うっせ!」
オレが睨むと、利央がますます囃し立てた。
「迅、そんな睨むとオタフクがブスになるぞ!嫁の貰い手なくなるぞ〜」
誰が嫁になんかいくかよ!ってオレが言おうとしたら・・・慎吾さんが「迅ー」ってオレを呼んだ。
はいって返事をしたら、部室に備え付けてあるボックスティッシュがオレの手元に飛んできた。
「箸が赤くなるから、喰う前にそれで口拭けよ」
そうだ・・・口紅つけたまま飯なんか食いたくない。だって、化粧品を食ってるみたいでキモチワルイ。女子はよく口紅つけたまま飯食えるよな。
慎吾さんは、こういう風にさりげなく気を回してくれることが多い。
ありがたいけど、申し訳ない気持ちがすごい強い。
「サーセン!」
ティッシュを、一枚引き抜くと唇をごしっと擦った。
うわ・・・すっげ、ついてる。たった一度拭いただけなのに。
「あ、それとな、利央」
「はい?」
「もし、迅が行きそびれたら俺が貰うから大丈夫だから。心配無用だ」
し、慎吾さん!?
オレは今日何回目かわからない動揺をしてしまったけど、利央は天然なのか「えー!慎吾さん、そんな手近ですませんの?」って素で聞いていた・・・。なんか、ホント利央といると時々ぐったり疲れる。
ってか、真に受ける俺が馬鹿なのか?
慎吾さんも、オレがこんなに慌ててんのに涼しい顔してる。
やっぱ、いちいち気にする俺が馬鹿なのか・・・?
オレはボックスティッシュを定位置に戻すと、口紅のついた ティッシュを小さく丸めてる。軽い分、どのくらいの力で投げれば入るんだろう?なんて考えながら部屋の隅に置いてある屑篭に放り投げた。
「ナイスコントロール」
赤く汚れて丸められたティッシュが、ヘロヘロと屑篭の中に落ちていくのを見た慎吾さんがにこっと笑った。
褒められて、嬉しくなってオレの顔が自然ににやける。
その瞬間・・・パシャっという音がした。


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